2016年 9月 の投稿一覧

京都の多様な面が、感覚的につかみやすい…そんな地図を作った、アノ人。

さて、本日は本の紹介です。
岸本千佳著「もし京都が東京だったらマップ」(イースト新書)

昨年、Twitterを発端に話題沸騰、出版に至っています。要注目です。
この「もし京都が〜マップ」は、京都のあらゆる地域を「東京の具体的な街で喩えた」地図で、世界に衝撃を与えました。

地図を作って岸本さんがTwitterに投稿した直後、こりゃおもしろい、と思って私もすかさずRTしましたが、同時に「やられた!」とも思いました。こういった地理的な感覚の置き換えは、私がやりたいことでもあり「その手があったか!」と良い刺激になりました。

そうそう、10年前、ソウル近郊の水原市で「このへんは大宮と川越を足して2で割った感じだな…」と感じたり(首都から30km離れた100万都市で、内陸にある道・県庁所在地でもあり、歴史的な町並みもある)、3年前、サンフランシスコ郊外で「このへんが八王子か〜」とか言いながら移動したのを思い出します。

そうは思っていても、それをそのまま記録せず、何か統一的な指標を作ろう…と思って、5年前に作ったはいいものの放置しています(圏域・都心基準。突如機会を得てあと半年くらいでリリースできそうです)。…が、岸本さんの地図を見て「そうか、そのまま喩えるのもアリなのか」と気付かされました。

私が話題にする前に、色々な人やメディアが話題にしているので、本人の発信記事も含め、詳しくはそちらをご覧ください。

「もし京都が東京だったらマップ」を見てみよう

もし京都が東京だったらマップ(旧ブログ)
…発端となったマップです。

「もし京都が東京だったらマップ」の魅力(cakes)
…マップを作った経緯、どんな狙いがあって、どんな人に見てもらいたいか、そして書籍の中でも紹介されているような、街の見方の具体例も書かれています。

続いて取材記事。

withnews / 「もし京都が東京だったらマップ」が話題 制作者の「街を見る力」

SUUMOジャーナル / 『もし京都が東京だったらマップ』の作者に聞く “いま”の京都

exciteニュース / もし京都が東京だったらマップ』にみる”街の見方、感じ方”

見る人の感覚と経験から「街を見る」視点を作る

街と街の比較だけ見ると「そうそう!」「いやそうじゃない」と賛否両論出るかもしれません。
いやいや、この地図は「アノ街は、コノ街と一緒だ」と言っている訳ではないのです。

「この街とこの街を比べてみると、見えてくることがあるよ」という一つの視点の提案なのです。
で、それは地図を見るだけでは分からないので、本を見てみましょう。

街の成り立った経緯から、その街の今の様子、地元での位置付けについて、それぞれの街を紹介しつつ、類似点と相違点と紹介しています。そう、比べてこそ、似ている所と違うところが見えてきて、東京という街の材料で京都の色々な街を知る手がかりがつかめるのです。

京都の街は多様である

岸本さん曰く「京都は全体的に神楽坂のような街だと思われているが、それは一面に過ぎず、あらゆる面の、あらゆる街がある」ということなのです。これについては私も同感でした。

・・・関東の人間は、JR東海の「そうだ、京都へ行こう」のCMの印象に毒されている!あれは、京都の建前の一面にすぎない・・・金になりそうな古都の価値が最大化する一面を切り取っただけで、それが東京人の憧れの「京都」像として出来上がってるってなんなんだコノヤロー・・・

…とか思ってました。アレ?…同感というより、私の発想がガラ悪い・・・;汗

もともと私が京都嫌いだったこともあり、「そうじゃない京都」ばかりを探り、六地蔵、洛西ニュータウン、向島ニュータウン、醍醐…など、今回の「もし京都が東京だったらマップ」のさらに外側の京都市内を回ってました。ただ、内側の京都にはおもしろい人や文化が集まり、知り合いも増えてきたので、少しずつ回り始めていたところでした。もともと「東京23区嫌い」だったのに、今やえらい真ん中に住んでいたり…私はそんな矛盾を抱えながら生きています。そんな私の個人的な話は置いといて。

観光目線以外の京都の「日常」目線がある

京都に限らず「その街の日常の情報を知りたい」と常々思っていました。例えば京都の情報については、観光名所としての見どころや、歴史的なウンチク、高いお店の情報が多くを占めます。私が知りたいのは「地元の人はその街をどう思い、どんなときに行き、どんな印象か」あるいは「どんな人が住み、どう動いているか」といった、「ふつうの話」です。地元では普通でも、外からそれをうかがい知ることは…案外難しいのです。

本文中に、北大路にはビブレとバスターミナルがあり、京都北エリアの中心地としてアテにされている(要約)という記述に「そうだと思ったけど、やっぱりそうなんだな…」と思ったり(実際あのビブレは結構アテになります)。四条〜五条河原町も、市街地に近い割には人が少なく、かつ古くからの地場の雰囲気でも観光客寄せでもない、新たなモノ作りの試行錯誤がセンスよく試されており、それは確かに蔵前に親しいのですが、これも観光ガイドに載らないポイントです。

京都駅は京都人は日常的に行く機会がなく、新幹線の駅があるターミナル駅(として東京で言うと品川)…これも言いえて妙です。実際のところ京都駅は品川よりは買物スポットになっているというか、滋賀県民にとっての「近くにある一番大きい街」であったりもするのですが、ここで一番伝えたいのは「駅だけ見るとでかいけど、地元の人が一番集まるような、新宿駅や大阪(梅田)駅ではないよ」ということです。熊本における熊本駅とか、松山における松山駅とか…と通じるものがあります。福岡における博多駅、も遠からずです。

そしてもちろん、私の知らぬ情報、地元感…も多々ありました。もともと私は京都に詳しくないので、「へぇ」な新発見が結構ありました。「あれ、出町柳に商店街あったんだ…」とか。乗換だけで使うと、案外見落としているものです。

博愛主義的「街の見方」

東京も京都も「コアな街」を多く持ちますが、コアな街は特定の志向に寄った人に紹介されがちです。
たとえば中央線沿線や下北沢が好きな人は、その魅力には狭く深く没入するものの、その要素がない街にはほとんど関心を示しません。逆にそれを煙たく思い、東京の東側の飲みスポットに精通する人は、やはり西側の街に興味を示さなかったりもします。

京都についても、歴史を愛でる人は、歴史のない所に関心を持たず、観光地を単に追いかける人は、人気のない所に興味を持たず…
大抵、そういうものです。

「もし京都〜」では、特定の趣向に寄らず、あらゆる志向の人、あらゆる生き方をする人を、分け隔てなく見つめ、多様な人それぞれの本位を追って見つめようとしているのが特徴的です。(そして私はそこに共感しています。それがものすごく「地図的」でもあるのです。地図は特定の街だけ詳しく描くことをせず、描くと決めた範囲は、均等な精度で映し出し、ひたすら俯瞰を貫くのです。)

左京区の自由人も、御所近くのブランドを纏う人々も、オシャレ感の全くない地域の人々も・・・いますが、どの地域にも肩入れしすぎず、どの地域も無視せず、その地域に息づく人本位の視点を追おうとする姿勢と、それによって得られる土地勘(その観察眼と姿勢があれば土地勘はつかめるのだよ、ということ)が、実はこの本のミソだ、と思っています。

ではちょっとやってみよう、「東京⇔大阪の置換え地図」

ちょっと私もやってみよう、と雑なことを考え、実際やってみると・・・結構むずいものです。

こうして作ってみると、東京の中で似ている街の微妙な差異や、大阪の中で似ている街の微妙な差異を見つめて選り分ける感性が求められますが、これが案外難しい。そして、自分の得意分野と不得意分野に気づいたりもします。例えば私はノンアルコーラーということもあって、飲み屋街には詳しくないのです。大阪はその要素が強いので、そのへんの観察眼が求められます。

でも、大阪の南のほうは東京の東のほうで(旧来からの住民が多い)、大阪の北のほうは東京の西のほう(外来の新住民が多い)、という相関は出ましたね。全体的には東京の東の街が多くなりそうですが。(そりゃ東京の西側的な街が多数出没する都市なんて珍しいでしょう)

というわけで、余談の自主トレでした。これは色々やってみたい…。東京だけでなく大阪とどこかの地方都市とか。福岡なんてとても東京と対照させやすいし、札幌は東京とも大阪とも対照させやすい。色々浮かびつつ案外むずかしいので一旦手は止めます。

今後の動きに注目していきたい

同い年の友人でもあるのですが、ありがたいことに京都に来たときに「会いたい」と言うと「はい喜んで」と会ってくれるので、ありがたやです。
私は岸本さんの視点だけでなく、動き方にも注目しています。

ここからは個人的なメモ代わりでもありますが、ポイントは地図を作っただけでなく「その後」です。
例えば、三浦展さんという(私は近づけない)大物を師としていますが、「師をみつけ、追ってみる」こと、トークイベントもされていますが、「誰と対談するとおもしろいかを考え、打診する」こと・・・その後の「展開」を考えているのが、私にはないというか、私にはできないところ…なのです。これって、自分の価値がざっとでも分かってないとできないことなので、それが分かっていると、展開も自分から打てるんだな…ふむふむ、とさせられています。

ええ、私の場合、イベント時々ありますが、出版記念のイベントはありませんでした。あとは…毎回イベントの告知も、1回だけで、そんなに強めではないですよね。イベントはほとんど、依頼をいただいたもので、ほとんど「自分から仕掛けてきた」ことはありません。私が比較的受動的に動いているのは、自分から動くようなエネルギーや気合いがないから…と思ってましたが(まぁそうなんですが)、「動いたら何がどうなるのか」のイメージが全く掴めていないから、でもありました。

世にない仕事を始めたは良いものの最初は仕事がなく、ひょんなことから本を出すようになり、周囲からの反響に育てられながら、新たな仕事を探り探り作っていく…そんな人の動き方のサンプルは案外少ないので、岸本さんは私にとっても貴重な、生きる姿なのです。そんな訳で今後も注目していきたいと思います◎

北朝鮮レポート(5) 平壌の商業施設

小出しで続く北朝鮮旅行シリーズ。
第5弾は商業施設編をお届けします。

・・・ちなみに一連のこのシリーズの中で、ツアーで案内されているのは食事だけで、それ以外は全て、途中の風景から見えたものと他からの情報、統計や近似性から読み解く推測を含むもので、解説なき「途中からの風景」の情報です。

ツアー中、時折(建国以来の出来事の)説明がなされるのですが、あまり記憶に残る情報はなく、案内員氏との個人的な会話のほうが記憶に残っています。

例えば…
・女性の晩婚化が進んでおり、案内員氏(たぶん50代男性)「うちの娘(20代後半)もなかなか結婚しない」と嘆く
・男性の喫煙率は8〜9割、だが近年若い世代を中心に喫煙率は下がっている
・単身者用の住宅はない。遠方から学校に入る場合は寮があり、その後就職となっても寮がある。その後結婚となると会社から充当される住宅に住むことになる(ある程度地域は選べる)

こういう「日常の情報」こそ、知りたいところですよね。
ただ、我々も日本のこのような日常の情報って、普通すぎてあまり説明することはありません。
案内員も、聞けば答えてくれますが、重要な話とは思ってないのでしょう。そりゃそうだ。

…さて、就職後結婚まで、どんな生活かが気になるところです。
学生寮、と言うとドミトリーのような部屋(4人1部屋とか)にゴハンつき、なんてイメージが湧きますが、社員寮もそう…なのでしょうか。自炊する人はいるのでしょうか、食料品の物価はどのくらいでしょうか、と聞きたいことはあったのですが充分には聞けず。

そうなると当然、商業環境が気になってきます。(もともと私、そこそこ商業施設好きですし)
案内員氏「集合住宅の1Fが商業施設で、食料品店、洋服店…と各種専門の商店が入っている」と。

そうだろうな、とは思いましたが、じゃ実際どんな店があるのか見てみましょう。
何が惜しいって中には入れないこと。中に入れるのは観光客向けの土産店や、食堂に併設された売店がチラ見できるくらいです。普通の食料品の物価が知りたい・・・

一般的な平壌の集合住宅と商店の構造

これが平壌で一般的な集合住宅と商店の構造です。
外装や店名は目立たず、スローガンと、なぜか巨大な花の絵が目立つという景観。
ちなみにこれは22時半くらいなので、当然?営業終了してますし人はいません。(路面電車は動いています)

では、昼の様子を見てみましょう。


普通江区域の光復通り沿道です。こちらは「プルグンゴリ(赤い通り)水産物商店」と書いてあります。魚屋ですかね。…人がいませんね。
左隣は小さな文字で「国家芸術公演運営局 普通江地区普及所」と。何してるんだろ。気になる。


こちらは大きな字で「洋服店」。立派な服が並んでいますが扉の重厚感…。洋服職人の注文服屋のような雰囲気ですが、日常使いではなさそうです。 でも人は来たり見たりしている模様。


微妙に躍動感?のあるおもしろいフォントですね。
漢字で書くと「便宜收買商店」…ちなみに「便宜店」は南側(韓国)ではコンビニの意。「收買」はお買い上げの意味。まぁでも外から見る限り雑貨屋さんでしょうか。植木にぬいぐるみ…なんかおもしろそうなんですが、人がいない・・・。

平壌市街地の全体像

平壌市街地の全体像です。ちなみに「平壌市」域はとてつもなく広く、平壌っぽさのかけらもない農村も含まれるのですが、都市生活を送ることができる実質的な平壌のサイズはこのくらいです。

さて、今回紹介する商業施設の全体像です。
さきほどの写真は普通江区域(区域は日本・韓国で言う区)で、これから紹介するのは万景台区域の光復地区です。また、中区域の万寿台地区も商業環境的には注目です。

エリートニュータウン、万景台区域 光復地区の商業施設

さらに郊外の万景台区域、地下鉄の終点光復駅前ですが、商業施設単体の建物もあります。

1F左が薬局、右が「総合修理」、上(2F)が「チルゴル(このあたりの地区名)朝鮮服店」・・・
総合修理って何を修理してくれるのだろう・・・


1F左が「果物野菜商店」、右は豆腐専門…は次の写真に続くので次の写真参照として、
2F左が「美容院」、右が「写真館」です。
さきほどの水産物商店が魚屋だとすると、こちらは果物もある八百屋。
構造もバリエーションも、日本の公営団地の商店街と似ています。

しかし、さすが選ばれたエリートの郊外ニュータウン、万景台…。写真館なんてあるんですね。
(でもやってるのか…?)


左が「豆腐専門食堂」、右が「食料品商店」、上が「理髪館」・・・
食料品商店と食堂の物価が知りたい・・・
八百屋、魚屋と被るモノなのかそれともそれとは違う食料品なのか・・・

たぶんですが、食堂の物価は高いのです。
案内員氏によると、外食は高麗ホテルの物価の半分くらい、とのことで、高麗ホテルの物価が日本のホテルの半額くらい(つまり日本の一般的な食堂や喫茶店と同じくらい)で、その半分らしいのですが・・・300〜400円(300〜400ウォン)でゴハンが食べられたり、2000円(2000ウォン)くらいで夜は飲み食いできたりするんでしょうけども、それって現地物価からするとかなり高いなと。(偶然にも1円=1北朝鮮ウォンくらいなので大変計算しやすい)

地下鉄・路面電車・バスの運賃が均一5ウォン(5円)なので、それと比べるとかなり高額です。平均所得や経済規模が韓国の10分の1とも20分の1と言われており、5円 × 10 = 50円…これは韓国の電車代、バス代より安い…20倍するとちょうど良い額になります。

そうすると300円のゴハンは…300円 × 10 = 3,000円…のランチか。6,000円のランチかも知れないのか。

社会主義国家ですが、この国はかなり格差があると思われるので、これを「300円のゴハン」として簡単に払える人もいれば、我々にとっての「6,000円のメシ(無理だ…)」と思う人もいるでしょう。だからこそ隣の食料品商店の物価が知りたい。


ゲームセンターのようなフォントですが食堂です。

「チルゴル(このあたりの地名)食堂 商店」と書いてあります。

そう、食堂には商店がついているのです。


こちらは夜に我々が入った食堂ですが、「観光 記念品 食堂」と書いてあります。2Fが食堂ですが1Fが商店。


これまで紹介した商店は人がいない…というよりかなり暗いのですが、ここだけはかなり明るくてナウい感じです。手作りと思われるハートマークの切り抜きも印象的ですが、流行を取り入れた(ある種資本主義的な?)内装も商品群も要注目です。

光復地区の中心的商業施設、その名も「光復地区商業中心」

さきほど光復地区の昼の商業施設の写真を紹介しましたが、その建物の右には中心的な商業施設があります。その名も「光復地区商業中心」(中国の簡体字で併記されてもいる)。外から見ると商業施設に見えないんですが、中は結構賑わっているとか…?

バスや路面電車で何度かここの前を通りました。そのたびに「あの光復地区商業中心!行きたい」と思いましたが、同行する人々の大多数は鉄オタ(であまり商業施設には関心を寄せない)ということもあり、一人で「ウオー!」と盛り上がっておりました。

中には入れないので、共同通信とAFPの動画をご覧ください・・・


うおお、これはまさにイ○ー○ーカドーのような・・・

ちなみに平壌都心部の金日成銅像がある万寿台の再開発では高層マンションが立ち並び、その下にもこのような高級スーパーがあるようです。エリートチルドレンに英才教育と芸を施す「少年学生宮殿」があるのも万寿台と万景台の2箇所、2大エリート地区、なのかも知れません。最近は「未来科学者通り」という再開発スポットもあり、こちらも高層マンションが建っているので、ここもそんな地区になるのか、ならないのか…(南端が川、北端は再開発できなさそうなので、それ以上の拡がりが難しい)

きっとここで市場が発生する

では商業施設から離れて・・・


こちらは商店ではありませんが、これまでと異なり、人が多数歩いています。
小さな小屋は商店か?それこそ非公式な市場はこういう所で発生しそうだ…と思ったので撮りましたが、実際のところどうなんでしょうね。

平壌の旧来の「百貨店」


一方、こちらは総合的な品揃えを誇る「平壌駅前百貨店」。
百貨店はオーダーすれば行けないこともないらしく、行ったことがある人が動画を上げてたりしますが、人はあまりいないようです。(動画は駅前ではなく第一百貨店…通称「一百」)

こうして見ると、今平壌で起こっていることって、1970〜80年代の日本の地方都市で起こっていたことと通じます。古くからの地場百貨店(現代のいわゆる百貨店ではなく、地方都市でたまに残っている3〜4階建ての、ヨー○ドー未満の総合商店)と、商店街の個人営業の店は商売っ気がなく人が遠ざかり、ダイエーやヨーカドー(さっきまで○で隠してたのに…)のような総合スーパーが台頭し、そちらに客が集まる…そんな段階です。

日本では(南側の韓国もそうですが)国民全体の所得が上がりました。つまりは首都だけでなく地方でもこの「総合スーパー化」が進み、(物価的に)ほとんどの国民がそこで買い物できるようになった訳ですが…動画にもあったように、この国ではかなりの格差があるようです。このまま時代が進むと、平壌の一部階層だけが、2000年代以降の「総合スーパーからショッピングモール」化を果たし、地方だと旧来の百貨店や専門商店…すらない状態のまま続くと思われるので、国内で浦島太郎状態になりそうです。


では最後にアウトドアな店を。ガソリンスタンドです。「燃油販売所」って言うんですね。(南は「注油所」)

平壌の商業環境のまとめ

競争がない(というか購買力がある市民が少なく、市場が極めて小さい)ことと、外国の知見や技術、文化を入れることに制約があるため、時代の進化は止まっていたと言って良いでしょう。とはいえ、平壌市民の富裕層に向けて、今で言う大型スーパー(動画参照)が生まれたのは、一つの時代の進化だったと思います。ただ、それがせいぜい1〜2店と言うのが、平壌市民の富裕層の規模、割合を示しているようにも思えます。

より満足のいく物品を、求める相手に届ける工夫を、個々が自由に試行錯誤することは、物品を授受する双方の利益になり、やがて多くの富を得ていく…というのが、商業というか市民生活発展の根源だったでしょう。富を得た人の排他的な既得権益が強まると、資本主義への反感が強まり、社会主義が生まれたものと思います。社会主義は最初の試行錯誤、発展の芽を潰したのだな…とも思います。
 
基本的には自由主義ながら格差解消の施策を補完した欧州型の国は、多くの人が満遍なく生活を満たすことに繋がり、社会主義はもともとの理想とは逆行して、発展の芽を潰し市場を縮小させ、今や東アジア最大とも言える激しい格差を生んでいます。

しかし、平壌以外の都市はほとんど見られなかったので、平壌以外も気になるところです。
どなたかリアルな北朝鮮商業施設情報がありましたらお待ちしております。

ご連絡はこちらまで。