展示とは何なのか/地理人的ホットワードから振り返る2019年(6)

たぶん2019年振り返りの最後です。

本については地理人新サイトで各書籍のもろもろを書いたし、過去投稿で何回も書いてます。マニアフェスタと別視点については前の前の投稿で書きました。まだ振り返ってないのは…

展示です。

今年、東京都現代美術館で行われた展示「ひろがる地図」に出展したことには全然触れてませんでしたが、良い機会ですしおもしろかったです。そして、毎回考えさせられます。地図とは何なのか、アートとは何なのか。いかんせんアートの内側にいた者でもなく、それを志向してもおらず、だったのですが、2017年、都城市立美術館での出展の後、青森→島根→静岡県立美術館を経て、今回。公立美術館の出展が続くと、もはや現代美術作家(アーティスト)じゃないとは言えねぇぞ、と言われているような気もちょっとします。

では、現代美術作家(アーティスト)とは何なのか?……これを考えると終わらないので今回はやめときます。しかし、それを探ることを、展示を通して楽しんでおりました。

こちら、展示室の様子です。バランスの良い男女比、世代もさまざま。老若男女とはまさにこのこと。いや、美術館では普通なのかも知れませんが、これが「地図展」とかなると違ってくるのです。40代以上の男性がメインで、平均年齢は50〜60代、なんてことはよくあります。だからこそ若い人が見に来ていたり、親子で見に来ていたり、女性同士で見に来るのは、地図の展示にしては珍事だぞ、、と思ったのです。

特に、30を超える中村市の物件の間取図コーナーは、親子やカップルでじっくり眺める人がいたりしました。なんかこれからの日常をどう作っていくか、リアルな将来設計の匂いすら感じます。リアルっていうか実在しないけど

間取り図の他に、ポリ袋とゴミ袋と粗大ゴミがありました。学芸員さんによると、美術館スタッフが捨てたくて捨てたくて仕方がなかったらしいのです。そりゃ館内にゴミが落ちてたら、そうなりますよね。プロ意識。そして実際にこのゴミは捨てられます。このゴミを捨てたことによって、美術館のスタッフは中村市の住民になってしまった…と学芸員さんは言ってました。ミイラ取りがミイラに…みたいな話ですが、結構こわい話です。

ポリ袋の中にはお茶とおにぎりとか、よく買いそうなものが入ってます(架空ブランドですが)。ゴミ袋も粗大ゴミも珍しいものではありません。たぶん架空でなかったらありふれ過ぎていて、目にも留めないものです。当然展示なんてされません。その世界ではありふれているものが、異世界だと興味を引くものになる…我々が海外のスーパーに行くような感覚で、逆に言うと海外から日本のありふれたものはそう映ることでしょう。日本において、日本の人が、日本のありふれてそうな異世界のものを見る……そして美術館なので美術品として見る…同じものでも置かれている場所や見方が違うだけで別の見方になるのだよな、ということは、何より私が展示場で、うしろから人々の様子を見ていて楽しんでいたことです。

あと、これは気づく人と気づかない人といたんですが、美術館外にサテライト会場がありまして、カフェには女子大生の財布、惣菜屋には30代サラリーマンの財布、支所兼資料館には60代女性の財布……どれも中村市民のもので架空の人物の財布……が展示されていたのです。そう、この架空の人物たちが行きそうなところで落ちている、という見立てです。でも、展示なんです。

美術館における展示の作法って、タイトルに作者、そして素材の注釈が入るということです。市販の財布、プラスティック、紙……って……まぁそうだけど…笑 ちなみに、ポリ袋は「ポリエチレン」って書いてありました。ここで「素材が小さな字で記されると美術品っぽくなる」という気付きを得ました。今後使っていこ…うかどうかは考え中です。使わないかも。

今回はあまりしませんでしたが、前々回、都城市立美術館での展示のときは、大量の解説パネルを用意しました。旧来の美術へのカウンターパンチとして、解説パネルをあまり用意しない、という流れがあるものの、私は逆にアートの外側から来た人間。「解説パネルを用意すると美術品っぽくなる」ということが逆におもしろかったのです。

多様な相手に多様な伝え方、見方づくりを模索する人間にとっては、美術、芸術というのはとりわけ目に見えて多くの人が合意しやすい合理性では見えない何かを眼差し、そこに価値を見出してきて、独特の見方や観点、感性を育んできた世界でもあります。私はこの世界の新参者(って言うとアートの世界の住人感あるな…まぁいいや)ですが、逆にこれから学んでいきたいとも思っています。

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