都市訪問記

北朝鮮レポート(5) 平壌の商業施設

小出しで続く北朝鮮旅行シリーズ。
第5弾は商業施設編をお届けします。

・・・ちなみに一連のこのシリーズの中で、ツアーで案内されているのは食事だけで、それ以外は全て、途中の風景から見えたものと他からの情報、統計や近似性から読み解く推測を含むもので、解説なき「途中からの風景」の情報です。

ツアー中、時折(建国以来の出来事の)説明がなされるのですが、あまり記憶に残る情報はなく、案内員氏との個人的な会話のほうが記憶に残っています。

例えば…
・女性の晩婚化が進んでおり、案内員氏(たぶん50代男性)「うちの娘(20代後半)もなかなか結婚しない」と嘆く
・男性の喫煙率は8〜9割、だが近年若い世代を中心に喫煙率は下がっている
・単身者用の住宅はない。遠方から学校に入る場合は寮があり、その後就職となっても寮がある。その後結婚となると会社から充当される住宅に住むことになる(ある程度地域は選べる)

こういう「日常の情報」こそ、知りたいところですよね。
ただ、我々も日本のこのような日常の情報って、普通すぎてあまり説明することはありません。
案内員も、聞けば答えてくれますが、重要な話とは思ってないのでしょう。そりゃそうだ。

…さて、就職後結婚まで、どんな生活かが気になるところです。
学生寮、と言うとドミトリーのような部屋(4人1部屋とか)にゴハンつき、なんてイメージが湧きますが、社員寮もそう…なのでしょうか。自炊する人はいるのでしょうか、食料品の物価はどのくらいでしょうか、と聞きたいことはあったのですが充分には聞けず。

そうなると当然、商業環境が気になってきます。(もともと私、そこそこ商業施設好きですし)
案内員氏「集合住宅の1Fが商業施設で、食料品店、洋服店…と各種専門の商店が入っている」と。

そうだろうな、とは思いましたが、じゃ実際どんな店があるのか見てみましょう。
何が惜しいって中には入れないこと。中に入れるのは観光客向けの土産店や、食堂に併設された売店がチラ見できるくらいです。普通の食料品の物価が知りたい・・・

一般的な平壌の集合住宅と商店の構造

これが平壌で一般的な集合住宅と商店の構造です。
外装や店名は目立たず、スローガンと、なぜか巨大な花の絵が目立つという景観。
ちなみにこれは22時半くらいなので、当然?営業終了してますし人はいません。(路面電車は動いています)

では、昼の様子を見てみましょう。


普通江区域の光復通り沿道です。こちらは「プルグンゴリ(赤い通り)水産物商店」と書いてあります。魚屋ですかね。…人がいませんね。
左隣は小さな文字で「国家芸術公演運営局 普通江地区普及所」と。何してるんだろ。気になる。


こちらは大きな字で「洋服店」。立派な服が並んでいますが扉の重厚感…。洋服職人の注文服屋のような雰囲気ですが、日常使いではなさそうです。 でも人は来たり見たりしている模様。


微妙に躍動感?のあるおもしろいフォントですね。
漢字で書くと「便宜收買商店」…ちなみに「便宜店」は南側(韓国)ではコンビニの意。「收買」はお買い上げの意味。まぁでも外から見る限り雑貨屋さんでしょうか。植木にぬいぐるみ…なんかおもしろそうなんですが、人がいない・・・。

平壌市街地の全体像

平壌市街地の全体像です。ちなみに「平壌市」域はとてつもなく広く、平壌っぽさのかけらもない農村も含まれるのですが、都市生活を送ることができる実質的な平壌のサイズはこのくらいです。

さて、今回紹介する商業施設の全体像です。
さきほどの写真は普通江区域(区域は日本・韓国で言う区)で、これから紹介するのは万景台区域の光復地区です。また、中区域の万寿台地区も商業環境的には注目です。

エリートニュータウン、万景台区域 光復地区の商業施設

さらに郊外の万景台区域、地下鉄の終点光復駅前ですが、商業施設単体の建物もあります。

1F左が薬局、右が「総合修理」、上(2F)が「チルゴル(このあたりの地区名)朝鮮服店」・・・
総合修理って何を修理してくれるのだろう・・・


1F左が「果物野菜商店」、右は豆腐専門…は次の写真に続くので次の写真参照として、
2F左が「美容院」、右が「写真館」です。
さきほどの水産物商店が魚屋だとすると、こちらは果物もある八百屋。
構造もバリエーションも、日本の公営団地の商店街と似ています。

しかし、さすが選ばれたエリートの郊外ニュータウン、万景台…。写真館なんてあるんですね。
(でもやってるのか…?)


左が「豆腐専門食堂」、右が「食料品商店」、上が「理髪館」・・・
食料品商店と食堂の物価が知りたい・・・
八百屋、魚屋と被るモノなのかそれともそれとは違う食料品なのか・・・

たぶんですが、食堂の物価は高いのです。
案内員氏によると、外食は高麗ホテルの物価の半分くらい、とのことで、高麗ホテルの物価が日本のホテルの半額くらい(つまり日本の一般的な食堂や喫茶店と同じくらい)で、その半分らしいのですが・・・300〜400円(300〜400ウォン)でゴハンが食べられたり、2000円(2000ウォン)くらいで夜は飲み食いできたりするんでしょうけども、それって現地物価からするとかなり高いなと。(偶然にも1円=1北朝鮮ウォンくらいなので大変計算しやすい)

地下鉄・路面電車・バスの運賃が均一5ウォン(5円)なので、それと比べるとかなり高額です。平均所得や経済規模が韓国の10分の1とも20分の1と言われており、5円 × 10 = 50円…これは韓国の電車代、バス代より安い…20倍するとちょうど良い額になります。

そうすると300円のゴハンは…300円 × 10 = 3,000円…のランチか。6,000円のランチかも知れないのか。

社会主義国家ですが、この国はかなり格差があると思われるので、これを「300円のゴハン」として簡単に払える人もいれば、我々にとっての「6,000円のメシ(無理だ…)」と思う人もいるでしょう。だからこそ隣の食料品商店の物価が知りたい。


ゲームセンターのようなフォントですが食堂です。

「チルゴル(このあたりの地名)食堂 商店」と書いてあります。

そう、食堂には商店がついているのです。


こちらは夜に我々が入った食堂ですが、「観光 記念品 食堂」と書いてあります。2Fが食堂ですが1Fが商店。


これまで紹介した商店は人がいない…というよりかなり暗いのですが、ここだけはかなり明るくてナウい感じです。手作りと思われるハートマークの切り抜きも印象的ですが、流行を取り入れた(ある種資本主義的な?)内装も商品群も要注目です。

光復地区の中心的商業施設、その名も「光復地区商業中心」

さきほど光復地区の昼の商業施設の写真を紹介しましたが、その建物の右には中心的な商業施設があります。その名も「光復地区商業中心」(中国の簡体字で併記されてもいる)。外から見ると商業施設に見えないんですが、中は結構賑わっているとか…?

バスや路面電車で何度かここの前を通りました。そのたびに「あの光復地区商業中心!行きたい」と思いましたが、同行する人々の大多数は鉄オタ(であまり商業施設には関心を寄せない)ということもあり、一人で「ウオー!」と盛り上がっておりました。

中には入れないので、共同通信とAFPの動画をご覧ください・・・


うおお、これはまさにイ○ー○ーカドーのような・・・

ちなみに平壌都心部の金日成銅像がある万寿台の再開発では高層マンションが立ち並び、その下にもこのような高級スーパーがあるようです。エリートチルドレンに英才教育と芸を施す「少年学生宮殿」があるのも万寿台と万景台の2箇所、2大エリート地区、なのかも知れません。最近は「未来科学者通り」という再開発スポットもあり、こちらも高層マンションが建っているので、ここもそんな地区になるのか、ならないのか…(南端が川、北端は再開発できなさそうなので、それ以上の拡がりが難しい)

きっとここで市場が発生する

では商業施設から離れて・・・


こちらは商店ではありませんが、これまでと異なり、人が多数歩いています。
小さな小屋は商店か?それこそ非公式な市場はこういう所で発生しそうだ…と思ったので撮りましたが、実際のところどうなんでしょうね。

平壌の旧来の「百貨店」


一方、こちらは総合的な品揃えを誇る「平壌駅前百貨店」。
百貨店はオーダーすれば行けないこともないらしく、行ったことがある人が動画を上げてたりしますが、人はあまりいないようです。(動画は駅前ではなく第一百貨店…通称「一百」)

こうして見ると、今平壌で起こっていることって、1970〜80年代の日本の地方都市で起こっていたことと通じます。古くからの地場百貨店(現代のいわゆる百貨店ではなく、地方都市でたまに残っている3〜4階建ての、ヨー○ドー未満の総合商店)と、商店街の個人営業の店は商売っ気がなく人が遠ざかり、ダイエーやヨーカドー(さっきまで○で隠してたのに…)のような総合スーパーが台頭し、そちらに客が集まる…そんな段階です。

日本では(南側の韓国もそうですが)国民全体の所得が上がりました。つまりは首都だけでなく地方でもこの「総合スーパー化」が進み、(物価的に)ほとんどの国民がそこで買い物できるようになった訳ですが…動画にもあったように、この国ではかなりの格差があるようです。このまま時代が進むと、平壌の一部階層だけが、2000年代以降の「総合スーパーからショッピングモール」化を果たし、地方だと旧来の百貨店や専門商店…すらない状態のまま続くと思われるので、国内で浦島太郎状態になりそうです。


では最後にアウトドアな店を。ガソリンスタンドです。「燃油販売所」って言うんですね。(南は「注油所」)

平壌の商業環境のまとめ

競争がない(というか購買力がある市民が少なく、市場が極めて小さい)ことと、外国の知見や技術、文化を入れることに制約があるため、時代の進化は止まっていたと言って良いでしょう。とはいえ、平壌市民の富裕層に向けて、今で言う大型スーパー(動画参照)が生まれたのは、一つの時代の進化だったと思います。ただ、それがせいぜい1〜2店と言うのが、平壌市民の富裕層の規模、割合を示しているようにも思えます。

より満足のいく物品を、求める相手に届ける工夫を、個々が自由に試行錯誤することは、物品を授受する双方の利益になり、やがて多くの富を得ていく…というのが、商業というか市民生活発展の根源だったでしょう。富を得た人の排他的な既得権益が強まると、資本主義への反感が強まり、社会主義が生まれたものと思います。社会主義は最初の試行錯誤、発展の芽を潰したのだな…とも思います。
 
基本的には自由主義ながら格差解消の施策を補完した欧州型の国は、多くの人が満遍なく生活を満たすことに繋がり、社会主義はもともとの理想とは逆行して、発展の芽を潰し市場を縮小させ、今や東アジア最大とも言える激しい格差を生んでいます。

しかし、平壌以外の都市はほとんど見られなかったので、平壌以外も気になるところです。
どなたかリアルな北朝鮮商業施設情報がありましたらお待ちしております。

ご連絡はこちらまで。

北朝鮮レポート(4) 北朝鮮のバス

韓国バス旅の直後ですが、その前に北朝鮮バス情報をお送りします。

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平壌では市内バスが走っていますが、地下鉄(2路線)、路面電車(3路線)、トロリーバス(6路線以上)がメインで、これらで大体の範囲をカバーしています。(リンク先はいずれも西船junctionどっと混む/路線情報が充実しています)

それを補完するように、存在感は薄いもののバスが走っています。左はパルゴル(팔골)〜第二百貨店(2百/2백)、右は船橋(선교)〜平壌駅(평양역)。橋の耐荷重不足による路面電車1号線の廃止区間を補完する系統と思われます。こうした市内バスはその他の都市でもほとんど見かけませんが、こうした都市では自転車や徒歩がメインなのでしょう。

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続いて市外バスです。左は平壌(평양)〜麟山(リンサン/린산)、右は平壌(평양)〜苔灘(テタン/태탄)のバス。行先がフロントガラス上部に貼り付けられています。長距離高速バスがまさかのマイクロバスですが、これは平壌〜開城高速道路で走っていたバスです。利用者が少ないから小型なのか…と思いきや、補助席も埋まっていてかなり利用者は多い模様。高速道路を下りた先の道路が狭いのではないかというのが個人的な推測ですが、そもそも麟山とか苔灘って一体どこだよ、ということで地図を添付します(人口つき)。

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どこだか注記を入れていませんが、苔灘は地図の左下、麒山は右下です。

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こちらは逆側、北部を走るバスです。行先は新義州(左下に掲示あり)ですが、遠くから撮ったため上部の掲示が判読できず、どこから来たバスかは分かりません。宣川郡で撮られたものなので、定州か安州か平壌か…どこかから来たバスでしょうか。かなり細い道に見えますが、これが地方における高速道路に準ずる幹線道路(国道)です。もちろん都市部に入ると道幅は拡がります。自動車が少ない分、それで間に合うというか、日本を含めた世界の国々も、つい50年前まではそうだったと思われます。さきほどの麟山・苔灘便はさらに狭い道を通るのではないかと思われます。(ああ、乗りたい・・・)

ちなみにこうした長距離バス(市外バス?)のターミナルは、平壌市南西部の楽浪区域にあるようです。まず観光スポットもないので、その片鱗も見かけることはできませんでしたが、き、気になる・・・

もう1つ話題になるのが、日本からの中古バス。

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左は元阪神バス、右は元相鉄バス。

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左は元阪急バス、元神戸市営バス、元大阪市営バスという関西勢で、右はまた別の元大阪市営バス。

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左は元遠鉄バス、右は…色も謎ですが行先方向幕の位置も謎。「自動扉」の漢字と左ドアが元日本車であることを物語っています。

さて、これらのバスは路線バスではありません。行先が書かれていませんが、これは貸切バスで使われているようです。それもそのはず、右ハンドルで左にドアがあっては、右側通行の北朝鮮で頻繁にバス停に止まる路線バスは運行しにくいことでしょう。アジア各地で日本の中古バスはドア位置を左から右に変える改造をして走っていますが、貸切なら頻繁に止まることもなく、そこまで気にしなくて良いでしょう。(あれ、お気づきの方もいると思いますが、さきほどのマイクロバスの高速バスも、ドアが左についているものが…これも長距離だから気にしない、ということなんでしょうか…)

高速路線バスがマイクロバス、貸切バスが路線バス車、という、何か逆転しているような気がしなくもない北朝鮮バス事情ですが、最後に、事実上の路線バスをお届けして終えたいと思います。

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おお、ダイナミック・・・地方で見かける乗り合いトラックです。左はトラックですが、右はトラクターで荷台を牽引する形。いずれにしてもかなりの乗客が乗っており人気の様子。運賃は安いと思いきや、意外とそうでもないようです。

市内バス・農漁村バスだけで行く韓国縦断ツアー

お久しぶりです。1ヶ月以上更新を空けてしまいスミマセン。
直近のネタですが、韓国に6日ほど行っておりました。その中でも3日間、釜山からソウルまで、市内バス・農漁村バスだけでの移動を実践してみました。

大体の遠出は一人で思いついて出かけるのですが、今回は韓国の路線バス好きという共通の趣味を持ったえびちゃんが発起人。珍しく2人旅です。私に比べて韓国語は心強く、知識含めマニア度も高めという心強い同行人です。

私はと言うと、コース(路線・時刻)選定担当です。結果的にはこれがかなり厄介なのですが、それも含めて農漁村バスの醍醐味と言えます。

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釜山からソウルまで、3日間、30路線を乗り継いでの移動です。市内バスを乗り継いで釜山からソウルまで移動した人のブログもあれば、新聞記事もあります。早くも朝4時から深夜1時まで気合いの乗り継ぎをしています。それ以上に、乗り継ぎがスムーズで、待ち時間がほとんどありません。

今回はそれに対抗するでもなく、さらに時間をかけて回っています。ひとくくりに「市内バス」と言っても、ローカル感は簡単に味わえません。韓国では「国道」と言えば都市部では車線の広い幹線道路で、歩道も信号もありますが、都市と都市の間(田舎)では、信号のない立体交差が続き、ほぼ高速道路と変わりません。だからこそ先人もこの距離を、高速バスを使わずに1日で辿り着けたのです。

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写真を見る限り高速道路に見えますが、これは一般国道です。
これでは・・・早くは移動できるけども、風情はない・・・

そこで、敢えて旧道や農道を積極的に通るバスを選んで乗り継ぎます。市内バスの中でもとりわけ農漁村をくまなく回るバスは「農漁村バス」と呼ばれています。今回はこの農漁村バスを乗り継いで行くことにします。

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高速道路のような国道を直進せず、側道から脇道に入ると、ローカルな農漁村の世界に入ることができます。

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左の車窓より右の車窓を経てこそ、農漁村バスをマスターしたと言えるでしょう。韓国では高速道路のような高規格道路だらけなので、敢えて選ばないと味わえないのがミソです。

さて、韓国においては、都市部でバスに乗るのは難しくありません(ハングルが読めればですが)。何よりバスの本数は多く、全ての路線はネットで調べることができるのです。都市部のバスは、時刻表がない代わりに、系統ごとに「配車間隔」(배차간격)が設定されています。つまりこれは運行間隔。「5〜8分」「10〜16分」などと書いてあるのが一般的ですが、多くの路線で、少なくとも10分前後待てば次が来るのです。

だからこそ、「市内バスで韓国全土を乗り継ぐのは容易では」というのが最初の目論見でした。ところが、市街地と農村部では事情が異なります。

幹線バスはネットで路線を調べても、「配車間隔60分」と書いてあれば良いほう、「配車間隔180分」「配車間隔 日5回」と書いてある路線も多くあります。3時間待ちに、1日5回。じゃ待とう、なんて気にはなりませんよね。時刻を調べる必要が出てきます。

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都市部のバス停では、路線図と配車間隔が書いてありますが、地方に行くとバス停があっても、書いてあるのは路線番号と行先のみで、時刻表が貼ってあるのはレアケースです。始発となるバスターミナルには時刻表が出ているので、なるべくバスターミナル発着になるように組みました。あとは、市や郡のページからバス時刻表を探し出すと、Excelファイルや、郡によってはハンコム(日本で言う一太郎・三四郎的な…韓国でのオフィスソフト)で作られているものもあるので、ハンコムリーダーをインストールの上、路線を読み解き、始発・終着停留所の時刻から発着時間を予測します。この表が何より見づらい…。

こうして乗る路線と時刻を定め、農漁村バスツアーは始まりました。

さて、韓国のバス料金は均一運賃でわかりやすい、というメリットもありました。ソウルでも釜山でも、中心部を貫通して20〜30kmくらい走る路線が一般的です。東京で言うと二子玉川〜浅草、大阪で言うと堺〜千里中央、みたいな路線もざらにあります。それでも均一料金(100円台前半)なのでお得です。

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均一料金ゆえ、乗るときにカードをピッとタッチするか、運賃箱に現金を入れるのみ。日本の多くの地域のように、運賃は変動性で、整理券をとって後払い…とは事情が違います。事情が違う、と思いきや・・・

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あれれ、区間ごとに運賃が違う、という路線がありました。実は自治体によってかなり事情が異なります。長距離でも均一料金の路線もあれば、区間ごとに運賃が異なる路線もあります。(それでも日本以上に高くなったりはしません。100円台前半から200円台後半まで。1路線だけ400円程度の路線がありましたが)

運賃の支払い方法は、ゆるい信用乗車制度(前払いのときに行先を言う)です。ほとんどの都市で前払いですが、密陽市では乗るときに払う人も降りるときに払う人もおり、前払いなんだか後払いなんだかわからない、ゆるい支払い制度となっていました。

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さて、「バス停に情報がない」と申しましたが、それはまだ良いのです。バス停があるからです。バス停がないこともあります(写真は獐洞/チャンドン/장동バス停。)。バス停があっても、「このバス停で良いのか?」なんてこともあります。

韓国人は、日本人の20〜50倍くらい(大阪人の10倍くらい)は通行人に道を聞きます。郷に入っては郷に従え、視覚情報ではなくコミュニケーションで情報をつかんでいくのが韓国流。つまり聞けば良いのです。人に聞くのは普通のことなので、さらっと教えてくれます。

上東(サンドン/상동)駅では、密陽市(ミリャンシ/밀양시)のバスはバス停に止まりますが、清道郡(チョンドグン/청도군)のバスはそのバス停…から少々北にある、少々朽ちた乗り場というか広場というか…に着きます。上東駅の駅員さんに聞くと「密陽市のバス停に清道郡のバスも来る」と案内してくれましたが、実際そうではなかったのです。

また、大邱(テグ/대구)北部市外バスターミナルの係員に、倭館(ウェグヮン/왜관)行の市内バス情報を聞いたら、市内バスはいないと市外バスを案内されました。係員たるもの、管轄以外のことは知らないのです。

一番バス情報を知っているのは、運転技師様(韓国での運転士の呼称)です。駅やバスターミナルの係員よりは技師様を味方につけましょう。降りるときに乗り継ぐバスがどこに止まるかを聞いて、得た情報をつなぎながら乗り継いでいくと確実です。

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詳しくは続編で〜(おいおい書きます)

北朝鮮レポート(3) 電力より人力

北朝鮮レポート、第3回は電力と人力について。エネルギー資源と機械化に依存した近代社会のアンチテーゼのようにも思える、人力をフルに活用している北朝鮮の電力事情…もとい、”人力事情”をお届けします。

<これまでのレポート>
北朝鮮レポート(1) 近代化の前のリアリティを体感するフィールドワークとして

北朝鮮レポート(2) 純朴な美味、それが朝鮮料理

・・・北朝鮮に関する内容は、マスメディアへの掲載ができません。報道関係者の入国はできませんが、私も報道関係者者ではないため、許可を得て入国できています。この記事の内容や写真の転載は不可です。今後のレポートのためにも、よろしくお願い致します。

北朝鮮の夜

北朝鮮の日中から夜にかけての風景の変化を、見てみましょう。(移動する列車の車窓なので風景は変化します)・・・なかなか良い風景ですよ。

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電力事情

世界中の大抵の場所では(極地を除いて)、夜になると暗くなりますが、電気が少ないことで、見事に「真っ暗」になります。それでも部分的に時々灯っている建物があり、高官宅か賄賂を渡している家か…等と疑ってしまいますが、平壌市市街地入ると一気に電気が明るくなります。
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このように、街灯も建物も灯っています。また、某第一書記の肝入りで作られた「未来科学者通り(미래과학자거리)」アパート群はさらに力の入ったライトアップがなされています。革命的な史跡のライトアップは絶妙な光の当て方が見事ですが、ここでもその技が反映されているのかも知れません。

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こちらはNASA撮影の衛星写真。平壌だけ大きな「点」になっているのが分かりますが、まさにこの通りです。

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こちらは宿泊していた高麗ホテル(고려호텔)、ここでも数秒の停電を経験します。
このように、平壌市内でも頻繁に停電は発生するようです。1日4〜5回はあるでしょうか。5〜10秒程度停電するとその後復旧します。これは平壌の話で、地方では1日2〜3時間しか電気が付かないという噂もあります。夜になるとどうしているんでしょうか。緯度が高いと日も短くなるだけに、夜の人民の生活が気になります。

電力より人力

私が8年ほど前に就職活動をしていたときのこと。合同説明会のブースで、浜松市に本社を置く佐○予備校が、アツいプレゼンをして異彩を放っていました。「100万冊の教科書より佐○の情熱!」「マサイの戦士のような(以下忘れ)!」と、中堅社員がアツく語り、熱心な就活生がメモしていた光景を垣間見たのを思い出します。北朝鮮の風景を見ながら佐○予備校のことを思い出します。特に北朝鮮の場合は機械設備の更新や電力が間に合わず、外資を入れることもしない、となると、残されたパワーは「人力」なのです。

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この国では「自力更生」が重視され、他国(他者)に依存せず自力であらゆることを進めることを是としています。特に1990年代以降、国の配給が行き届かなくなり、社会資本の整備も充分ではなくなります。公共的な設備についても「自力で」作ることになっている例が多々あるようです。この写真は、行政でも技術者でもなさそうな、むしろ地元農民ではないか…と思われる人々が道路工事をしている光景です。(道路が当たり前のように整備されるありがたさに、気づかされる光景です。)

人のエネルギーを最大化すべく、人力に着火する・・・佐○予備校は教科書よりアツい情熱や、一見関係なさそうなマサイを引き合いに出して、ヒューマンエネルギーの最大化を企てていましたが、この国では人力最大化と国威発揚のため、多数のスローガンが掲示されているのでは、と妙なところで繋がりました。

車が走っていないぶん、道路を行き交う人が多く見えますが、それ以上に工事に要する人員も、我々が想像している以上に多いのです。というか、工事している光景にかなりの頻度で遭遇します。工期が長く、その結果遭遇頻度が高くなるのではないかと思われます。いかに我々が機械化し、工期と人力を削減できたのか。(きっとこれは失業の話にも繋がります。さらにITによって多くの人間が必要なくなるというお話。)IT化…の前に、機械化する前の工事の様子を実見できる、貴重なフィールドです。

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しかしこちら、高速道路の工事・・・土を掘り返していますが、何かここは機械というか、アスファルトというか、それを固める何かというか、そういうものが必要な気もしますが、スコップしかございません。

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こちらは鉄道の踏切ですが、大きな道路と交わるところには必ず人がいます(これは大きな道路です)。列車は1日数便ですが、通らない時間帯に鉄道員は何をしているのか、というのが最近の私の興味です。

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こちらは線路の保守点検でしょうか。鉄道員ではなく、一般人民のような気がします。これも地域住民が駆りだされているのではないかと邪推させられてしまいます。

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現在は多くの国で信号機になってしまった交通整理員。地方都市では現役です。平壌でもたまに見かけますが、平壌はかなりLED信号機が増えています。

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最後に・・・人はいませんが、電柱の数々。我々は普段、画一的、機械的な電柱しか見ていません。極めて資本主義的です。長さや傾きに差異があり、まさに電柱も手作りの味があります。

人力より強い牛力

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電気を使わない力は、人だけではありません。荷役には牛が活躍しています。

全体的にちょっと株を落とす話になってしまいましたね…;
次回は、スローガンか乗り物を検討中ですが、株を落とさないように頑張りたいと思います。

北朝鮮レポート(2) 純朴な美味、それが朝鮮料理。

北朝鮮レポート第2回、気になる食レポです。

さて、北朝鮮に行くと、一番多い質問は「行けるのか」「帰って来れるのか」です。
次いで多いのが「洗脳されるのか?」ですが、それはありません。ただ、現地民は日本で言う神社仏閣以上の宗教の如く、精神的支柱にしている(させられている)面は大きいでしょう。旅行ルートでそういった史跡を回るので、その一端をトレースすることになりますが、ただ「無礼のないように見て回る」程度で、特に思想教育等はありません。

・・・北朝鮮に関する内容は、マスメディアへの掲載ができません。報道関係者の入国はできませんが、私も報道関係者者ではないため、許可を得て入国できています。この記事の内容や写真の転載は不可です。今後のレポートのためにも、よろしくお願い致します。

北朝鮮レポート(1) 近代化の前のリアリティを体感するフィールドワークとして

北の料理のお味は?

その次に多いのは、「料理はおいしいのか?」です。結論から言うと「おいしい」です。いやはやまた食べたい。
個人的には南(韓国)よりは好みの味ですが、どれもおいしいと思います。
既に多くの人に知られている韓国料理(南)と比較するとわかりやすいですが、南は「パワーつけてナンボや!このくらい辛くないと男前ちゃうで!」とばかりに、辛味が苦手な人には暴力的に感じるほどの辛さがありますが、北は、そこまで辛味はありません。

南が「具も香辛料もたっぷり入れたるで!どや!旨味凝縮しとるじゃろ!」とすると、
北は、淡々と「素材の味を活かして、良きものを、良きように」という感じです。

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辛い味を極めたい人、濃い味付けが好きな人は、南のほうが良いでしょう。(そして是非、屋台へ行きましょう。)
私はその対極の志向なので、北の味付けはビンゴでした。上品でシンプルな味付けは日本人には合うのではないかと思います。

ビビンバの本場は全州(南)ですが、冷麺の本場は平壌(北)、参鶏湯…の鍵となる高麗人蔘の本場は開城(北)、ということで、ルーツとしては意外と外せません。朝のホテルバイキングは写真をちゃんと撮ってないのでそれ以外の昼と夜について、食レポ、始めます。(初めてなんですけどねこういうの〜)

1日目 夜

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まず、「アレ?色がおかしいゾ?」と思った方、あなたの色彩感覚は間違っていません。店内は何故か赤、緑、青のLEDで照らされており、青や緑の下にいると、食べ物が少し変わった色に見えるという現象があります。中身は超おいしいんですよ!さて、この中でも圧倒的においしいのがお肉。お肉そのものの味がシッカリします。そしてビビンバ(비빔밥)ですが、かなり日本人好みの味と言えましょう。

南ではコチュジャンに苦しめられ、光州の店でも「コチュジャンなし(고추장 없이)で!」と何度も言って、「本当にいいのか?コチュジャンなしだよ?」とオバチャンに言われ「日本人だから辛いのが食べられなくて…(일본사람이니까, 매운 음식을 먹을수 없어서…)」とか何とか言って、コチュジャンを別皿にしてもらったのですが、それでも別皿でやって来るのです。

最小限の上品な味付けで、素材そのものの味を楽しみたいのに・・・等と思っていた私に渡りに舟、まさにそういうビビンバでした。舞茸がおいしいんですよ。そういうセンス、いいですね。

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観光記念品商店
(大抵1Fが商店、2Fが食堂になっているパターンが一般的です。1Fに食堂の店名が書いてないため、これが正式な店名なのかどうか分からない)
平壌市万景台区域
光復通り沿道南側/「光復地区商業中心」斜向かい

2日目 昼

 

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平壌から南東に進むこと150km少々、38度線より南(だが現在の軍事境界線よりは北)で、ソウルからの方が近いのが開城です。高麗時代の王都として栄えた古都である。南で言うところの慶州的ポジションだろうか。開城は高麗人参の産地としても有名で、参鶏湯を形成する重要な材料でもある。韓国料理/朝鮮料理において最も好きな料理は参鶏湯、である私としては最も力点の置かれるところですが、それにしても高麗人蔘の多いこと多いこと(漢方薬で、高価なのですよコレ)。

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一部を引っ張りだしたものです。いやはやこれだけの鶏と高麗人参を使うとはかなりの贅沢品。(一般的にはもっと細い高麗人蔘が少し入っているだけです)素材がおいしいので、噛めば噛むほど、うまいうまい

同行した人の中には「ニガ―ッ、食べられなーい!」と嘆く人もいましたが、漢方薬、良薬は口に苦し。ゴボウに少し苦味を足したような味で、私は好きなのでボリボリいただきましたとさ。悔しいのが、最も量が多く、参鶏湯…の手前にある定食のほうを完食できなかったこと。これもおいしかったんですけどね!

しかし店名は何故か「平壌冷麺食堂」。ナゼだ。

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平壌冷麺食堂
黄海北道開城市
成均館付近

2日目 夜

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案内員の金錦淑さん、「今夜は、炒めご飯です」…炒めご飯?チャーハンではなくて?チャーハンではないらしい。
さて、実際に出てきたものが右の写真。かやくごはんというか混ぜごはんというか、そんな感じです。私はノンアルコーラー過激派なのでビールが飲めませんが、ビールもおいしかったようです(大同江麦酒)。この炒めごはん、素朴でイイ味です。

※店名不明(チルゴル地区)
光復通り沿道北側/「万景台少年学生宮殿」付近

いやいや、朝鮮料理…「辛くない」が第一印象ですが、全体的にあっさりしています。もっと言うと?・・・上品で「純粋で純朴」、これに尽きます。

1日目では気づきませんでしたが、2日目の夜にようやく気付きました。連日食べている料理に異様な安心感があるのです。もはや「外食」ではない。まさに「混じりっ気ない、手作りの味」なのです。一部の炭酸ジュースは、いかにも「超加工食品」風味で微妙な味ですが、それも原始的でわかりやすい味。昭和の駄菓子と似ています。しかしそれを除けば家庭の味と同じ安心感。家庭の味、と思って食べるとなかなか豪勢な料理なのです。そして、我々が想像する以上に、手間をかけていることが分かります。

ここでもやはり、近代化とは何か、を考えさせられます。私は近代化の後、機械的大量生産の連鎖で社会が回った状態で生まれ、物心ついた頃から加工食品やコンビニがありました。そしてお金をかければ食べられるプロの味は、それを前提に作られるため、洗練された味へと進化します。また、食品の工業化の反動で、自然食品やオーガニック食品ブームも発生していました。今食べている料理の味は、こうした一連の流れが始まる前の味だ、と直感します。

ホテルのアイスクリームや、クリームパンも家庭の味。カスタードクリームも少々白あんのようなまとまりで、トロ〜リしている訳ではありません。手作りするとこうなるんですよね。

日本でも戦前は、手の込んだ料理が行き渡るのは一部の人に限られていたことでしょう。手の込んだ料理を作る過程は、近代化によって、人手をかけず機械的に大量生産することが可能になり、加工食品から調味料までコストダウンした結果、多くの人に行き渡るようになったことと思います。そうです、この国は食糧問題を抱え、十中八九、こうした料理は隅々まで行き渡っている訳ではありません。

限られた人の腹と味覚を満たす近代化前の”食”と、効率的に多くの人の腹と味覚を満たす”食”。後者のほうが全体利益には繋がるため、時代はおのずと後者に進みます。しかしその代償として、味覚を騙し騙しやり過ごし、摩耗する人も少なくありません。アメリカの、香料と濃い調味料がふんだんに使われた、素材の味のしないジャンクフードを食べると、この流れの行く末を感じます。(それで満たされる人は、それで良いのですが。ただ異様に肥満人口が高いのは気になります。)

ところで、近代化を経ても、家庭料理は続き、(母に感謝ですが)私も純朴な家庭料理の味で育っています。そのため素材の味を感じる味覚は持ち合わせていました。朝鮮料理がおいしい、というのは多くの人も言うところで、私も実感しましたが、それ以上に「素材の味をしっかり味わえる」のが魅力なのだ、と実感しました。いまのうちに行ったほうが良いですよ。

3日目 昼

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ほら、素朴でしょ(左の写真の丸い焼き物)。これがおいしいんですって。具を盛り込んだ南のチヂミ(パジョン)に比べて、あっさりしてますが、美味。何故かここにいらっしゃった茶碗蒸しは純日本風です。で、本題は冷麺のほうです。やはりコレも本場はこちらですが、蕎麦粉とじゃがいもでんぷんで作られた麺で、あっさりしてまして、つるりと完食。これは夏食べると夏バテ予防になりそうですね。

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ソジェガク(西済閣、西祭閣、徐済閣、徐祭閣…か漢字は不明)
建国駅・普通江駅北西方向

3日目夜

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他にも色々な食材が並んでおり、肉と魚と選べましたが私が選んだのは魚。いや迷いましたよ、連日出てくるお肉はどれもおいしいので。ただ魚をまだいただいてなかったな、と。こちらは鍋料理で「チョンゴル(전골)」と言いますが、なんというか見た目は完全に日本の鍋ですね…。ここから唐辛子や塩等、好みの調味料を足して各自で仕上げる訳ですが・・・

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完全に和食のような何かが出来上がりました。いや〜落ち着く味ですね〜。

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清流観光記念品商店
平壌市大同江区域/紋繍遊泳場南方向

お店一覧

※地図はOpenstreetmapをもとに作成

食レポってこんな↑テンションでいいんですかね(さぐりさぐり)・・・

ところで北朝鮮旅行で、このように店名と位置情報、ならびに地下鉄&路面電車アクセスを掲載することはほぼ無意味に近いので(案内員&運転手つきのため)、運良くこれらの店にたどり着けば良し、と思っていただければと思います。

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さて、高麗ホテルの惣菜コーナーがおいしそうだったので、帰りの列車のゴハンにしようと思って買ってきました。キムチ餃子とのり巻。やはりおいしい。

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そして私は急に近代化の波に飲まれます。中国に入り、一気に数十年時代が進みます。高速鉄道(新幹線)車内で売られるレンチン弁当。日本の駅弁のような「名物」感はなく、生産効率の良さそうなレンチンごはんです。味はシンプル、かと思いきや、化学調味料にまみれた後味の悪い味。肉の味もほとんどしません。

北朝鮮で、素材の旨味を味わっていただけに、落差が激しく、この後テンションが下がったり結果(たぶん関係ない)、次の列車を逃し、6時間の無座(座席のないきっぷ)の夜行を体験しました。中国過酷ですわ・・・。

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しかし、中国も全てがまずい訳ではありません。異様においしい料理にも出会います。丹東の街で、中国語と朝鮮語の案内が出ていた食堂があり、文字通り中華料理と朝鮮料理の両方が食べられるのですが、どちらも美味。犬肉を浸かった補身湯(ポシンタン)は、犬肉の旨味を出しつつ、しつこさは抑え、餃子や炒飯もシンプルながら洗練された美味。チャーハンは今まで食べたチャーハンの中で最もおいしかったのでは、と思うほど。

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補身湯、こんな感じです。これも超絶美味。
「安東印象健康小厨房」というお店ですが、「安東」とはここ丹東の旧称。うちの祖母(その父が鴨緑江水力発電勤務、1947年まで新義州在住だった引揚者)もよく「安東(あんとう)でロシア人からピロシキを買って、国境の橋を歩いて渡った」と言ってました。当時の国境とは日本(朝鮮)と満州(中国)で、比較的自由に渡れたようです。日本人だけだったんですかね;そのあたりはよく分かりません。

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安东印象健康小厨房(安東印象健康小厨房)
丹东市振兴区六纬路和二经街交叉路口(丹東市振興区六緯路和二経街交二叉路口)

というわけでやはり長くなりましたが、純粋に朝鮮料理を味わう目的で北朝鮮旅行に行くのも良いかと!

なかなか本編に入らない感じもしますが、第3編は「スローガンと市民、労働は人力」(仮題)の予定です。第4編以降で地理的な事象やシステム(交通等)を追っていきます。一体第何編までになるんだか。

北朝鮮レポート(1) 近代化の前のリアリティを体感するフィールドワークとして

・・・北朝鮮に関する内容は、マスメディアへの掲載ができません。報道関係者の入国はできませんが、私も報道関係者者ではないため、許可を得て入国できています。この記事の内容や写真の転載は不可です。今後のレポートのためにも、よろしくお願い致します。

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中国の丹東(丹东)から北朝鮮の新義州(신의주)に入る際、国境の鴨緑江(鸭绿江/압록강)から見える風景です。右側が丹東、左側が新義州で、対照的な風景です。中国側の丹東が大都会に見えますが、川沿いの景観が良いためか、高層ビルは川沿いにのみ立地しています。そのため過剰に都会に見えますが、それにしても左側、新義州とはコントラストが感じられます。

丹東市街地の賑いは、日本の人口30万人の都市くらいです。中国の「市」は日本の県より大きく(地級市)、市の中に市や区、県があり、このうち区の部分が日本の中核都市、市が県内の地方都市、県がそれ以外の地方、になります。そして「区」の面積も大きいので、区の人口を足しても日本の都市と対等に比較することができません。この話は後述します。新義州市の公式人口は30万人程度ですが、これは日本の30万人の都市と同じ規模です。同等の都市規模の2都市が、川を挟んで対面し、一方は時代を先に進め、一方は時代の進みを止めています。

北朝鮮はどんな所でしょうか。良くも悪くも、世界の潮流に迎合せずに時を止めた、閉ざされた国です。
テレビニュースは有名な朝鮮中央放送のみ、映るのはアナウンサーと領導者や高官で、一般市民は映っても国威発揚の行事のみ。全てが「演技」のようです。日常生活の全てが演技で、「市民は全員無表情で行進し、寸分の狂いもなく規律正しく生き、そうでないと収容所送りなのか」と思いきや、行ってみるとそうでもありません。

人々の表情は豊か。

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光復通り(광복거리)を行き交う小学生の列。何かのデモ行進で、プラカードは「党第7次大会(당 제7치대회)」と書いてあり、政治的な内容だが、隣同士で歓談する人、しぶしぶ歩く人…色々な表情の人がいる。
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平壌地下鉄の車内。この写真だけ見ると、北朝鮮だと一瞬で特定はできない。ただ、男性のヘアスタイルの統一感で、ここが平壌だと気づく。

市民の顔を見れば、きつい顔をした人もいれば、ゆるい表情をした人もいます。東京も、世界の他の都市も、きっとそうでしょう。

丹東から列車で北朝鮮に入る際、新義州で我々の入国検査で34人の持ち込み品を検査する税関職員も、数十分経ってからゆっくりと検査を始めます。携帯の画像チェックも、機械的に判別しているというよりは、興味ある画像をジックリ見ている、と言ったほうが正しいでしょう。そしてアニメオタクの持つ危ないアニメ画像を見てニヤッとするのです。軍関係の施設や南側の書物等、問題のあるものがあればゴツい表情で削除したり、没収したり、破いたり…と豪快な検閲をします。しかし携帯の中の写真チェック、男性客のものより女性客のほうが検閲時間が長く、私のように人が映っておらず、町並みや道路ばかりを写したカメラは「あぁ、なんだよこれ続くのかよもういいわ」とばかりに確認するのを止めます。そりゃそうです、コースから外れることなく、沿道からの風景を3000〜4000枚撮ってるので、見ても退屈でしょう。

そして多少朝鮮語が話せる私と「朝鮮語話せるのか」「少しだけですよ」「どこで朝鮮語勉強したんだ」「南側の大学で」「どのくらい(期間)いたんだ」「1ヶ月」・・・というやりとりの後、他愛もないやりとりがありました。

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電車が2時間止まった龍川(룡천)駅。たまに鉄道員が行き交うが、みなゆっくりと歩いている。

そして、電車が2時間止まっても、行き交う鉄道員はゆっくり歩くのです。まず、北朝鮮には走っている人というものをほとんど見かけません。歩く速度もゆっくりです。日本でも、東京の人は無表情で歩く速度も早く、地方に行けば行くほど歩く速度もゆっくりになり、行き交う人々の表情も豊かなのを実感しますが、北朝鮮においては「革命の首都」平壌でも、豊かな表情の人々ばかりです。ラッシュ時や人の行き来の多い平壌駅付近は無表情な人が早歩きで歩いていますが、それは東京と同じでしょう。むしろ東京よりは人々に表情があります。喜怒哀楽の表情が、渋くにじみ出ています。

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平壌駅(평양역)前。行き交う人は多く、色々な表情の人がいる。老若男女、明るい服の人もいれば暗い服の人もいる。表情もさまざま。1960年代の様相の人もいれば、現代の様相の人もいる。これは平壌の街の様子と比例している。(バス停は、現在の最高尊厳肝入りの「メアリ射撃館」行きのバス乗り場だが、行き交うのはバスを待つ人ではない。)
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敬臨洞(경림동)バス停。ここに来るバスは、平壌駅(평양역)〜蓮モッ洞(련못동)を結ぶ系統で、市街地を川沿いに縦断するバスだ。官庁街を通るため、渋い男性が多いが、若い女性がいるだけでも鮮やかで目立つ。
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平壌市郊外の兄弟山区域。平壌市はスプロール化が進んでいないため都市化した面積は広くはないが、市域は広く、かなりの面積の農村部を包含している。我々の乗る国際列車を見て、何を思うのだろうか。この豊かな表情は、映画のワンシーンのようだが、これもまた現実だ。農村のようだが、着ている服は鮮やか。都市と農村の二面性を持つこの地域を象徴しているようだ。
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案内員の金太慶(김태경)さんもなかなか豊かな表情であった。二人の娘を持つ平壌市民。

世界の潮流に迎合せずに時を止めた、閉ざされた国。そこから学ぶこと。

世界も100年も遡れば、世界は繋がっておらず、各地域それぞれの発展をしていたことでしょう。飛行機や自動車等、高速で移動できる手段が普及し、企業や個人、貨幣も国境を超えて移動し、さらにインターネットでタイムラグなく繋がるようになった今、世界は均質化しています。どこかで新車が開発されれば、似たような新車が地球の反対側を走り、今や世界どこへ言っても似たような高速道路や地下鉄が走り、似たような機械に囲まれて生きています。

北朝鮮はこの潮流と別の道を歩み、時を止めています。地方は日本の1930年代、地方の中でも中国資本が入る新義州(おそらく羅先なども)は1950年代、平壌は1960〜70年代、と開きがあります。白黒写真でしか見ることのできない、車がおらず大通りの中心を歩行者や自転車が歩いていた時代、3階建ての百貨店や平屋の映画館が街のシンボルだった時代は、我々も長く住み慣れた街でも静止した白黒写真でしか見ることができず、年長者に聞いてもそのリアリティがつかめません。「百聞に一見に如かず」とはこのこと…実際に街が生きている様子を見ると、そのリアリティをつかめます。

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黄海北道(황해북도)開城市(개성시)の市街地。車は少なく、自転車と徒歩の人が多い。
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平安北道(평안북도)定州市(정주시)。徒歩、自転車の他、牛が重要な動力になっている。ほとんど近代化前の様相だが、ところどころ見られるソーラー(太陽光発電)だけは現代だ。

車社会になる前、大量生産の連鎖で社会が回る前、ネット社会になる前のリアルがここにはあり、我々は気付かされることが多々あります。社会は効率良く、多数の人が豊かになる方向に進むため、自然と進む方向は世界中で起こる近代化の流れのほうでしょう。しかし、得るものもあれば失うものもあるかも知れません。私の世代は、失ったものを知りません。それを追うかのように、日本にいても、時々農村を求めるのかも知れません。

そもそも、北朝鮮に「行けるのか」そして「帰れるのか」

北朝鮮に日本人は行けるのか、そして無事に戻れるのか、というのが最も多くいただく質問です。「行けるのか」「帰れるのか」・・・最も基礎的にして、重要なポイントです。

結論を言うと、日本人の9割以上の人が行けて、そのうち10割が帰れます。1割未満の行けない人は、報道関係者と自衛隊関係者、過去に色々あって入国NGとなった人々です。ちなみに韓国人も入国NGです。帰れるかどうか、ですが、日本では拉致問題が広く知られているため、帰って来れない印象があります。過去に非合法的に海から拉致され、帰れなくなった人が多くいたのは残酷な話ですが、現時点で「旅行」というルートで帰って来れなくなった人の報告やニュースはありません。

テロの多い中東やアフリカに比べれば、完全に管理されいてるため安全ですが、とはいえ何が起こるのか分からないのは、海外旅行の常です。安全性は日本よりは低いとしても、中国よりは高い、というのが実情だと思います。実際のところ、中国のほうが緊張感がありました。

なお、北朝鮮側は(外貨収入になるため)日本人の観光を歓迎していますが、現在日本の外務省は(経済制裁しているため、同じ理由で)渡航の自粛を勧告しています。超えにくい関門は北朝鮮側にあるかと思いきや、日本側にあります。そのため中国や欧州からの観光客は比較的多く、案内員も「最近日本人は珍しい」とのことでした。

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事実上のビザである観光証。「出入国事業局」と「国境通行検査所」の印が押してある。

今回の旅行の発端…なぜか鉄道マニアばかりの旅行

さて、北朝鮮旅行の場合は、多くの人がご存知のように、自由行動は許されません。突然行って入国したり、飛行機や鉄道の予約はできず、国営の朝鮮国際旅行社の代理店(中国や日本に数社)を通してツアーに申し込むしかありません。逆に申し込めば簡単に行けます。日本の代理店からだと20〜30万円かかり、かなり高額ですが、中国の代理店からだと15万円程度で行けるのが通例です。

今回の旅行の発起人は、@twinrail氏と@kor151152氏です。10人以上集めると10万円を切るため、Twitterを通じて参加者を募集していたのが発端です。結果、ビザと交通費、宿泊費、食費含めて3泊4日で9万5千円となりました。近いこともあり、かねてから気になる行先でしたが、20〜30万円となると割に合わなかったかったためこれまで行ったことはありませんでしたが、妥当な金額だったので参加を決めたのが、私の参加動機です。発起人には感謝です。

こうして34人が集まります。7割が「多少の共産趣味を持ち併せた鉄道趣味の人々」で、その他は軍事やアニメに寄った、基本的にはオタク属性の強い人々です。平日に亘る旅程のため、大学生が多数。Twitterを通じて集まったこともあり、Facebookを使う人は少なく(むしろ避ける人も多く)、積極的に使うツールはTwitterです。余談ですが、私はこの集団では平均年齢を上げている側でしたが、実年齢より低く見られ「大学院生」に見られていました。実年齢は30ですが、6〜7歳下に見られていたようです。仕事やイベント等では「30」と言うと「思ったより若いですね(37〜8かと思いました)」とも言われるので、上下に振れ幅がかなりあります。私、年齢不詳なんでしょうね。

広告やテレビと異なる、「敢えて言うほどでもない当たり前」を味わいに

どの国も、広告や編集された映像、ガイドブックでは、絵としてはキレイな姿、あるいはデータだけはつかめますが、行ってみないと日常の空気感はつかめません。行ったことのない国でも、行ってみて、食堂でゴハンを食べながら人々の何気ない仕草を見て「ここの人達も、ふつうに生活してるんだよね」と思うことが多々あります。北朝鮮は広告的な編集をしない代わりに、社会主義的で軍国的な、激しいアウトプットをします。他の多くの国で、広告の絵のような日常とは異なる生身の日常が広がっているのと同様、北朝鮮にも日常があるはず・・・それが今回の参加動機です。私自身同じ関心で、あらゆる海外に赴いています。

北朝鮮の一般庶民生活の日常の様子は、安宿緑さんのブログをよく読んでいました。朝鮮中央放送で放送される極端な「明部」と、その他海外メディアで報じられる「暗部」と、ニュースにする案件や問題は多々あれど、その他の「明るくも暗くもない普通の日常」は無視できません。私はこの、少し明るめの灰色の日常に生きている身として、そこから世界を覗きたいと思っています。安宿緑さんの記事の内容も、地元住民からすると何気ないことなんでしょうけど、海外を知るには、こうした「何気ない当たり前」を吸収していくのが自然なのではないかと思います。

地理的なことや、都市や日常が成り立つシステム(交通、商業等)を見て回ったので、そういうレポートをしようと思って、その前に前置き、序章を書こうと思ったら、ビックリするほど長くなりました(汗)。続いて、料理(食レポ!)を紹介した後、本編に入ります。料理はですね、結構おいしいです。

北朝鮮レポート(2) 純朴な美味、それが朝鮮料理。

山口から鹿児島へ

さて、年末の西日本方面への移動ですが、名古屋から広島県の三次までは夜行バスで飛ばし、30日は、敢えて乗ろうとしないと乗ることがないであろう三江線で山陰を目指します。

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江の川(ごうのがわ)の水量の多さと、低い雲…これぞ出雲…と思いきや、ここは石見(いわみ)です。

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江津(ごうつ)では、特産の桑の実ゼリーをば。「ブルーベリーに近い」という話でしたが、確かにブルーベリーに近い。それよりもっとあっさりしていて美味でした。

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続いて津和野へ。コンパクト城下町です。
萩とセットにされますが、バスで行けば近し。(萩は数年前に行ったので今回割愛)

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城下町と言えば、城はどこだ、という話ですが・・・このように南半分は空き地でした。北半分は高校のグラウンド。ちーん。

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さて、津和野でゴハンと言えば「うずめ飯」だそうです。「沙羅の木」でいただいたうずめ飯とその説明ですが・・・特産物が山菜くらいしかなく、謙遜して具をごはんの下に「うずめ」たのだとか。

続いて山口市に移動します。

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空から見るとこんな感じ。山に囲まれた街です。

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公園が多いのも魅力ですが、川沿いも小奇麗にまとまっています。

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続いて山口市街地へ。大型店は、百貨店「山口井筒屋」(旧ちまきや)のみ、あとは個人商店の路面店が多いのが特徴です。それも、古〜い商店だけでなくセレクトショップや美容室が多い。あと、写真左ですが、無印良品の路面店がありまして、これが結構店内が広いのです。山口井筒屋が18時半、中市マルシェ(市場)が19時に閉まる中、19時半まで営業しています。

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というか、全体的にこの街は閉店が早く…19時台は静まり返るのです。

 

さて、翌日(31日)は山口から鹿児島まで移動です。特に途中下車はせず、ストレートに(といっても普通列車と快速列車を乗り継いで)鹿児島まで向かいます。

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↑こんな車窓を↓こんな列車から見ながら、だんだんと人口密度が少なくなり、みかん畑が増えてきて、南九州に入るのを確認します。

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そして、17時半過ぎに終わってしまった・・・没入していた長編の映画の終わった瞬間と近い感じです。もうこれで終わりなのか(もっと先まで行きたい)というような感じで。ただ、陸路だともうこの先行けるところも限られているような尖端でもあります。

…というわけで、両親宅のある鹿児島に到着。両親と年越しです。