空想地図の表現と展開

【空想地図】中村市 10万分の1道路地図の制作と進捗

現在公開中の、あるいは展示でお見せしている中村市の地図は、大判でまとまってますが、実は市の面積の半分にも至っていません。あれは中村市の北部に過ぎません。中村市は…かなり広いのです。

全域あの詳細地図で描くのは大変なので、10倍ほどズームアウトした10万分の1の縮尺で描いてみよう、と突然思い立ったのは2014年4月。案外さくっと取り掛かりました。

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作業開始は2014年4月6日。さくっと真ん中へんから描き始めます。

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…そして、翌日には↑このくらいに。既にできている部分を10倍粗くトレースするだけなので、そこまで難しくありません。が、その先腰が重くなり、ここで1年半ほど放置。そして突然思い出したように作業再開し・・・

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2015年11月、かなり全貌が見えてきました。なんかこれはできるような気がしてきます。しかしやはりこれだけやると力は尽きます。

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2016年2月、地形情報(等高線)を足していきます。

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そしてさきほど(2016年8月)、4時間ほどの作業で、西側の等高線全てと道路が描き足され、難所はクリアしたような気がします。あとは地図右面の空白地帯を埋めれば完成です。

できそうな気がしてきました。また隙を見て進めたいと思います。

空想クリエイトラボ<第1期>第2回:フィールドワーク

2月末に始まった空想クリエイトラボ。2週間ほど前になりましたが、4月10日、空想クリエイトラボは第2回、フィールドワークでした。「狭く深く」ではなく「広く浅く」つかむ形のフィールドワークです。

知識や観点を提供し、1つ1つ細部を見ていくのが一般的ですが、ここでするのは「見る人自身の感覚の延長で、ざっと全体観をつかんでいく」方法です。行くことのできない空想都市の様子を地図上からつかむため、あらゆる街の様子を、地図の模様と現実の様子を照らし合わせて比較して見てみる、という流れです。基本的には昨年の居間theaterとのコラボの際のフィールドワークと一緒です。

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車社会になる前からの人口密集地(古くからの商店街)と、車社会になって以降の新しい人口密集地(新しい市街地)を見比べます。どこでも良いですが、今回は横浜市内にしました。市街地は徒歩で、その変化が感じられるところ、住宅地はバスで、長距離の移動は鉄道で移動して、1日で「広く浅く」を効率的に回ります。

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まず、住人より外来の通勤通学客の多い都心と、人口が密集する都心近郊の住宅地、および農地が混ざるさらに郊外の住宅地の差をつかみます。日常的に見ている風景でも、なかなか連続する車窓に注視する機会はありません。車窓を見やすいよう、また、あえて日常で使わない特急列車の車窓から、視点を変えて日常を観察することにします。集中して車窓の移り変わりを見るのはここまでです。

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街は徒歩で回り、メンバーは商店街で和菓子や惣菜、果物を買ったりして日常生活をトレースしつつ、会話の契機を得て商店の人と話したりしました。また、電車の移動中は、車窓を見ることもあれば、見て感じたものを描くメンバーもいます。

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商店街…大口通商店街(大口駅〜子安駅間)の様子です。いつからあるのか、どう変化したのか、もし自分が住んだらどんな生活になるか、他の街とどう違うか、を各自感じたり比較したりします。

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商店街…鶴見駅東口〜佃野(つくの)の様子です。さきほどと近しい雰囲気ですが、アーケードの形状は異なります。道が広いほうが良いのか、狭いほうが良いのか。広いほうが良いかと思いきや、商店街の人は「広いと逆に一体感がなくなり、回遊性、賑わいが薄くなる」とも言います。

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バスで鶴見駅から新横浜駅移動します(横浜市営バス41系統)。密集した住宅地から郊外の住宅地へ。道路の広さだけでなく家の高さや密集度も変わってきます。菊名の少々北の大豆戸(まめど)交差点を前後にその様子が変わります。

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新横浜から十日市場へ移動。十日市場駅前はいかにも「郊外の市街地」です。
そこから若葉台へ移動。集合住宅が連なる団地で、ニュータウンとも称されましたが、古くからの商店街とは異なる様子です。団地中心部作られた商店群は、ファストフード店もありますが、八百屋、肉屋もあり、旧来の商店街とどこか近い面もあれば、広い通路や広場、公園等、古くからの商店街とは異なる面もあります。

「広く浅く」都市の多様な日常を、見る人の感性や日常と照らしあわせて想像する・・・このことや、多様な特性を持つメンバー同士の意見交換、目線合わせはとても重要です。これを通してメンバーがこれから何を表現し、何を制作していくか・・・次回のラボ(第3回)で検討していきます。

空想クリエイトラボ<第1期>第1回

空想クリエイトラボ第1期、はじまりました。

簡単に言うと、「空想都市のあらゆるものを、あらゆるクリエイターが想像・創造するラボ」です。見る人からしても、空想都市のあらゆるものを見てみたい、という声はあります。また、私が一人で作っても限界があるのと、将来的には私の思い通りにならず、勝手に都市が回っていくほうが、都市としてリアリティが出てくる、とも思っているので、いかに作り手を招くか、が課題でもありました。

地図は目的地と最短経路をつまみ出すツール、でもあるのですが、それはアプリ等で自動化されていくと思います。それこそ地図会社は、それ以外の地図の価値を次々に見出していく、作っていく必要があると思います。(私は地図会社の社員ではないけども)

地図は、都市の全体像や街の細部、様子、営み、匂いが読み取れるものでもありますが、そういった人は少数です。

地図は、日常の断片をまとめるような、 アルバムやスクラップ帳ようなものでもあり、 あらゆる様子や営みを包含する「目次」になる、と再定義することができると思います。

さて、作る人には何のメリットがあるのか、を考えてみました。
見どころのない中村市が、移住者や企業誘致をするのにあれこれ策を練る…のと似てそうで、似てないのは予算。ふつうにメリットを考えます。

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仕事や課題で、普段作っているもの、要求や依頼のあるもの、作りがちなもの・・・は、固まってくることが多々あります。少し違ったことをしてみたい、別の試行錯誤をしてみたい、あるいは今やっていることの延長でもっと拡げてみたい、おもしろいことをしてみたい・・・中村市をそんな、失敗できる試行錯誤の舞台として、いかがでしょうか。

また、他分野のクリエイターの目線、視点、創作はかなり刺激になります。建築学生が「建築の人としか出会わない」と嘆いていましたが、建築…にまつわる都市や空間をテーマに扱いながらも、まったく他分野の人の刺激を受けて、視点や可能性を広げる土台になれば、と思っています。

さて、本日は「空想クリエイトラボ」第1期、第1回でした。

顔合わせ&中村市の土地勘をつかむ&創作の方向性検討、でした。
メンバーと専門領域ですが、

・小池翔太さん(建築)
・小林由実さん(デザイン)
・中根泰希さん(デザイン)
・服部絵里佳さん(建築)
・山田絢子さん(料理)
・渡邉絵理さん(音声)

という具合です。ちなみに学生とサラリーマンとフリーランスと混ざっています。
学生やサラリーマンと言ってあなどるなかれ、なかなかプロいです。

そのプロさはおいおいお見せします。

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今回はメンバー募集する前にメンバーが集まっており、作ってみたいと言う人が集まったので、空想クリエイトラボという土台を作った、という経緯です。とはいえ、参加動機を聞くと、この「多分野横断クリエイティブ」に魅力を感じていると言う人も何人かいて、嬉しい限りです。私も初めての試みですが、こういったプラットフォーム、意外と少ないと思います。

初対面の組み合わせが多かったため、それぞれいまの得意分野が成り立った経緯、今後どうしていきたいか、といったことを共有し、中村市の土地勘をつかむべく「住み替え相談会」を実施。地図を見ただけでどんな街か、どんな日常か、想像つく人もいれば、そうはいかない人もいました。

そこは次回のフィールドワークで補強したいところです。あらゆる街のパターンを、1日でつかみ、日常を把握する引き出しを増やして、皆さんのクリエイティブに活かしたいところですね!

では。

中村市バス路線図(空想調査中)&鉄道路線図

架空の地図を描いている人が、大抵考えるのが鉄道網です。
都市だと鉄道が点と点を結ぶ動脈になっているから…ですね。なんというか、インフラ趣味として親和性が高いことも一因だと思います。一応中村市周辺の鉄道網についても路線図はあります。昨年11月、「ようこそ中村市!引越し相談会」向けに慌てて作ったものです。住む街探し、家探しに、アクセス情報は大事ですしね。

中村市鉄道路線図

中村市内の鉄道の繋がりや、西京市との繋がりも見えてきます。中村電鉄大楽線の、都市部なのにローカル線っぽさが漂う感じや、注記がありませんが「②」と書かれた緑色の線(中村市営地下鉄正平橋線)が、ニュータウン開発とともに作られた儲からなそうな地下鉄っぽさとか、色々なことが感じられます。

とはいえ、鉄道路線図は、慌てて作れる程度には難しいものではありません。これは1〜2日でできました。やればできるんですね。汗

バスこそが、沼だ。

「沼」…とは、ハマったら抜けられず、抜けようと思えば思うほど深みにハマる難題のことを指します。バスは大変です。中村市程度の都市だと、路線の数も100を超え、路線は状況によってころころ変わります。また、本数の多い路線から少ない路線まで幅広くあり、こうした要素が織りなすバス路線網を考えるのはなかなか骨が折れます。空想で考える前に、実在の都市のバス路線網を把握するのも実は至難の業で、バス趣味の人が鉄道趣味の人に比べて少ないのもここに原因があるのではないかと思います。

しかし、だからこそ沼にはハマってしまう性分で、積極的に沼にハマってしまいました。現時点でこんな感じですが、筆先は迷いしかありません。色々な可能性がありすぎて、どことどこがどう繋がっているのか、どういう経緯で路線が改廃されたのか(地下鉄開通やBRT開通等、路線が改廃されそうな要素は色々とあります)・・・等、考えればキリがありません。

中村市バス路線図 ※途中(15/02/22時点)

現時点ではこんな感じです。2年前に一旦作ったものの、地図の修正により道路網がずいぶん変わってしまったので、それの煽りを受けた修正を要しました。1つ地図を修正すると、それに伴って他にも影響が及ぶので大変です。空想クリエイトラボとか始めると、迂闊に修正しにくくなるだろうなぁ…とも思います。

中村駅に多数の路線が集中しているのが読み取れますが、平川駅はもっと多くの路線が集中しそう・・・なまま厄介なのでまだ線を引けずにいます。問題は郊外の路線がどの道を通ってどこに行くのか。その経路は一つに限定されません。数方向にそれぞれどのくらいの割合(本数)で向かうのか、を考えねばなりません。現在の人口から過去の人口、人の流れ、街や駅、各種施設の集客力を勘案して決まるので、そこそこミクロな街のポテンシャルを把握する必要があり、頭を悩ませています。

・・・という、沼です。

また気が向いたら作り進めます。

中村市の全貌 ─10万分の1道路地図─ 2/20の進捗

よく「年中空想地図を描いているんですよね」と言われるのですが、全くそんなことはありません。

これは、仕事でもない上に、誰に頼まれている訳でもなく期限もないので、合間合間でしか作りません。その上に、とりわけやる気がある訳でもなく、時々気分転換に手が滑って作る程度だったので、2ヶ月から半年ほど地図を作らないことはよくあります。

しかし、空想地図作家として紹介されることが多く、空想地図で内定を得たり紹介を得たり…仕事を得たりすることは多々ありました。私が隅に追いやっていた空想地図、本当は主役だったんですね・・・。遅咲きながら、そんなことを自覚し始めました。

いかに、やる気のない社員をやる気にさせるか」・・・そんなことをお悩みの経営者や中間管理職もいらっしゃるのではないでしょうか。そう言われたってやる気にならないものはならない勤め人の人々も多くいらっしゃることと思います。私はその両者を持ち合わせており、いかに、やる気のない私をやる気にする仕組みを作るか、日々思案中です。

空想クリエイトラボも、その仕掛けの一つです。クリエイターが中村市を把握するために設定資料が必要なら、私もさすがに手を動かすでしょう。また、中村市の全貌を知りたい人もいるでしょう。高橋愛さんの展示のときも、居間theaterのときも、他展示のときもそうでした。そう、必要に迫られれば、やるのです。

想像するおもしろさを提供し、クリエイターの「作りたい」を引き出し、その意欲、エネルギーによって私の手を動かす、という手法です。なんだか人間工学的な話になってきましたね。仕事についてもこのような仕掛けを考えています。

私の労働者的根性(できることは、ベストを尽くす/が、できないこと、しなくていいことはしない)の特質を活かすしかありません。現在の「できること」だけでは中長期的には食っていけないという危機感を煽りつつ、その「できること」を活かした可能性の開拓を試し、それを他者からのニーズ(発注)に繋げて、自分をヨッコイショと動かすという仕掛けです。

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前置きが長くなりましたが、中村市の全貌をそろそろ描いた方が良いだろう、と思い立ち、10万分の1の道路地図を描画中です。いま公開されている1万分の1の地図(11×13km)は中村市の北半分で、南半分(と東側)は、さらに広い面積を抱えています。これをあの詳細図で描いていたら大変だ、ということで、ラフ絵として、縮尺を10分の1で全体図を描こうとしています。

等高線がないので分かりにくいですが、地図の左側(西側)は山に囲まれ、人口も少なそうです。仙田町〜中村駅間のバスは乗ってみたいですね。その他、牧沢区の久切〜菅沢〜早水駅も地味におもしろそうです。そしておそらく、牧沢区から仙田町にはバス便はない、というオチです。

中村大学には現在公開している地図中に理系キャンパスがないぞ…ということにお気づきの人もいると思いますが、東旭田駅の北側にありますね。いや遠そうだ…。百里動物園は小さくて古い動物園ですが、旭西区に「なごむる兜山動物園」なるものがあり、こちらのほうが新しくて大きそうです。

旭田以南は、中村市の拡張によって移転してきた施設が多く、いわば中村市の郊外として大きな存在感を持ってそうです。しかし10万分の1だとあんまり具体的な風景が浮かんで来ませんね・・・やはり1万分の1地図を作った方が良いのだろうか・・・1人でやるのに限界がある上に、個人的には西京市のほうが気になる、今日このごろです。

それではまた;

手を携える1年に・・・空想地図拡張の推移

今年は「人と手を携える1年に」という目標にしました。
そういえば、昨年は香港やシンガポールに行きましたが、こうした「英語を使う中華圏」にはスローガンをロゴにしたものがいくつかありました。なんかソレ風にしてみようと作ってみたのが↓こんな感じ。

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とりわけ香港やシンガポールに住もうとは思いませんが、たまに行くにはおもしろい所です。そんなところを思い出しつつ、一人で勝手にソレっぽさを感じつつ。

それはいいんですが、空想クリエイトラボ4人のクリエイターと1人のアシスタントが集まりました。
おいおい発表します。

前回の、「空想地図描画の変遷」記事で、過去の空想地図をあさっていたら、いろんなファイルが出てきました。当研究所、旧ロゴに時代を感じつつ・・・空想地図展の構想、実際の展示の4年前に考えていたようです。この頃から「クリエイターのプラットフォーム」とか言ってるんですね。

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4枚目にWeb、個展、その次は…?と書いてありますが、かなり気が早い
この文書が作られたのは、第一弾のWeb、「空想都市へ行こう」のサイトすらまだできてない頃です。この1ヶ月後くらいにサイトができたのです(それからリニューアルせず今に至るので、スマホ対応が遅くなってますが、今年はリニューアルします)。

Webは1ヶ月後の2011年8〜9月に完成しましたが、個展は4年後の2015年11月(モチーフとしての出展は2012年7月、2015年4月にもあり)、という遅さです。

2015年11月の空想地図展を「万物収集報告」展としましたが、その元となる万物収集報告は「クリエイターのプラットフォーム」として2013年4月に構想したものです。リンク先のTumblrを見ると、その後進みが止まり気味になったことがバレますが、展示の話が来た時に、このプロジェクトを復活させて展示内容にしました。

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この2013年というのがミソで、他に2つの構想が始まっています。

2013年6月、私をはじめ同業者他2名が初めてTV番組…タモリ倶楽部に出演しました。その打ち合わせや収録で、5月に架空地図同業者とのオフラインの交流が始まったこと、そこから何かできるのでは、と思ったことで、A・B両方向の拡張が模索されます。また、同年10月には、拙著「みんなの空想地図」という本が出版されました。

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Aは上で説明した万物収集報告ですが、それはBの繋がりができたことが発端です。スバラシイ架空地図同業者が出たことで、私は危機感を持ちます。「もう、私の時代はオワッタ!」・・・いや、考えすぎ、とよくツッコまれますが、本気で思ってました。そこで、拙作中村市の空想地図を、より地図以外の拡がり、深みをもたせよう、と、人を巻き込もうとしたのが、Aだったのです。

ちなみに、Bは「非実地測量組合」と書きましたが、その後「架空地図学会」(通称畝丘ゼミ)となっています。

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年に1〜2回実施、これまで4回くらいゆるゆると実施しています。
まさに架空地図のゼミ。進捗を報告しつつ、意見をもらいつつ。さらにメンバーの気になる街へ出向いての実施なので、フィールドワークもつきますが、郊外出身の人ばかりなのが架空地図作者の特徴。フィールドも郊外がほとんどです。柏&松戸、春日(文京区)、新所沢、横須賀・・・という推移です。そういえばそろそろ実施しようと思っていたのに時間ばかりが経っている・・・。

Bは通称「畝丘ゼミ」になったのに、畝丘さんが昨年、引っ越してしまいました。誰か言い出しっぺか火付け役はおらんやろか・・・と思う日々です。私自身、人を集めたり、場を作ったり、といったことに腰が重いのがボトルネックになっているのです。

そう、万物収集報告が停滞したのも、定期的に集まったりプッシュしたり…ということが苦手だったのが原因でした。2011年5月の4枚資料を見ても分かる通り、構想だけは思いつく。結局展示も、声をかけてもらって動きました。4年かかったのではなく、構想を考えた4年後にたまたま声をかけてもらったに過ぎません。本もそうです。全て受け身です。

受動的な姿勢を解決するための仕組みづくり

この受け身な姿勢については、特に批判がある訳でもないのですが、自分自身に警鐘を鳴らしている一要素ではあります。結論から言うと、この姿勢を変えることはかなり難しい。どこをどうひねっても、積極性は出てこない。

コンテンツを集める私の積極性には限界があれども、「空想クリエイトラボ」でコンテンツを集めるのではなくコンテンツを一緒に作ろう、という発想に至ったのは、昨年の居間theaterとのコラボレーションがおもしろかったのが発端です。

地図から都市を面的に眺める、つかむおもしろさを共有して、あらゆる表現手段で「作る」その相互作用、刺激で得られるものが大きいのではと思い、今回の企画は始まりました。いま振り返ってみて、前々から、幅広い表現の相互作用のおもしろさは予期していたようでした。しかし今まで叶わなかったのは、空想地図という土台が心許なかったということです。いまいち自信はありませんでした。

しかし、2014年から空想地図関連のワークショップを大学や公共施設で展開、2015年には建築関連のイベントや大学院でもお話する機会があり、居間theaterもこの空想地図を発端に何かをする、というスタート地点に目を合わせてくれたことで、この空想地図という土台、プラットフォームは、より日常を想像したり表現したりするのに実りある、おもしろい舞台なのではないか、という多少の自信を得られたことが、大きいようです。

そんな訳で空想クリエイトラボ、始まります。お楽しみに〜。

空想地図 描画領域の軌跡

空想地図は、これまでどんな風に書き進められてきたのか、を紐解いていきたいと思います。

1992〜93年(7〜8歳頃)はこんな手描き地図で、「中村市」に焦点を合わせた97年(12歳)以降は手描きながらもこんな地図になりました。このとき実は中村市以外の地図も多々あったんですが、「ただいま準備中」のまま4年以上経っていたことに今気づいた始末です。金海市、千珠市、林島市、なんてのがありました。それもそこそこ結構大きめです。

中村市地図の更新「前期」

それ以降の更新については書いておりませんでしたが、2001〜2003年(16〜18歳)のときに手描きで描いていたものを、2004〜2006年の間にトレースしたのが更新前期です。

↓こちらが2001〜2003年の間に模造紙で描かれたものです。縦横4等分に折ると、ちょうどA4のサイズに近づくので、この大きさに折りたたんで持ち運び、空き時間で描き進めていました。この折り目が、現在に継承される図の大きさになります。

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さて、高校卒業と同時に暇すぎてやることがなかったので、Adobe Illustratorをいじれるようにしました。
「これは、地図ソフトではないか!」と言うことに気づき、手描き地図をトレースしたのが始まりです。

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左が2004〜2006年のページ(ただの罫線に囲まれた目次)、右が2008年のものですが、実質的には2005年にはもう地図を描くのをやめております(2006年には少しだけ更新した)。上の手描き地図と見比べると判りますが、カバーエリアはほぼ変わっていません。親崎、出ノ町が少しカバーされたくらいでしょうか。

空想地図中断期

よく「空想地図を絶えず描き続けてた人」という紹介をされてしまうのですが、そうでもありません。2005年から2010年までは空想地図は忘れられ、私は地方都市に旅立っていました。このときに47都道府県、数百都市を回るのです。これも「空想地図を描くための調査なのか」と聞かれるのですが、そうでもありません。私の人生にとって、そこまで空想地図は主軸でもなく、あくまで趣味というか暇潰しの延長だったので、空想地図のために何かをする、ということはなかったのです。ただ、それまで現実的な現実逃避をするのに、遠出できなかったから空想地図に向かっていたのが、大学生になり、2年生になるとアルバイトを始めて多少の旅行資金ができたので、現実逃避の行先が地方都市に変わっただけです。

とはいえ、2008年頃から(主にNPOカタリバで)空想地図の話をする機会が増え、最初に入った会社も(IT企業なのに)空想地図の引きで入社するに至りました。全然自己PR内容に入れてなかったのですが、趣味を掘り下げられた結果出てきてしまい、それがさらに掘り下げられ、アテにしていなかった空想地図が、内定を獲得するツールになってしまったのです。

という話は置いといて、空想地図を見せる機会が増えてしまうと、気になるのは見るたびに感じる地図の精度の粗さです。なにしろトレース元の地図は高校時代に作られているので、大学の中を知らなかったり、縮尺や距離感も適当だったりしました。重い腰を上げて2010年に再開します。

空想地図の更新「後期」

時は2010年、会社員2年目でした。小中学校時代の私は、暇人の中の暇人だったため、空想地図に割く時間が多かったものの、高校、大学、会社員・・・と、徐々に空き時間が減っていきました。その中で重い腰を上げたのは、当時はかなり不本意な働き方(と仕事内容)だったため、その気分転換…またも、現実逃避です。今度は大学時代と違い、お金はあっても時間はないので、簡単に地方都市に行けないのです。

全面的に作り直したので時間はかかります。2011年に会社を退職したことで少し描画の速度は上がります(しかし空想地図に集中した訳ではありません)。作りなおした地図は、河川や道路、鉄道などの骨格は変わりませんが、その位置やスケールは変わり、細かい道路はほぼ全て線を引き直しています。こうして2012年4月、再び空想地図を公開します。以前は7エリア公開していたのが一気に2エリアに減少します。描画面積は拡がりましたが、その形がいびつだったため、当初は2エリアしか公開できなかったのです。

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退職して自由になったからグイグイ進むというものでもありません。
しかし、進む契機は突然訪れます。2012年7月、当時藝大油絵科2年生だった高橋愛さんが授業の展示でモチーフに使いたい、と言ったのです。高橋さん、大学生時代にカタリバで対応した生徒(当時高校2年生)で、4年後は浪人を経て大学2年生。空想地図の展示については、構想だけ考えて実行されないパターン(いつもそう)だったのが、授業課題とはいえ急に展示の機会を得るのです。

しかし地図は継ぎ接ぎのバラバラ。「できてるところまでで良い」と彼女は言いましたが、いやー中途半端はイカンやろ、という訳で一気に描画領域を拡大。縦2×4エリアに拡がります。自己満足だと半永久的にやらないんですが、多少人が必要としてると進めるんですね。エネルギーが自給できないなら他人から少しのエネルギーをもらい、それを動力にする、という手法だけで人生乗り切っています。(しかし彼女は今何をしているのだろうか。聞いてみようっと。)

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それから1年弱、2013年5月までに勢いもついて13エリアに拡がります。番地・地番も入れたんですが、データが異常に重くなり、動かなくなったので、その後消すに至ってしまいました。

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そして半年経つと(2013年11月)、あと少しで大判印刷しても全部埋まる、いわゆる完成形に近い状態に近づくのですが、ここから手が止まります。手が止まるというか、既に作った部分の修正の方が多くなったため、拡げるほうに手は回らなかったのです。こうすると勢いも止まる訳です。栄森(C-02)、新中村(C-03)の標高を出すのに、その北側の大きな河川、大楽川の低地まで描かないと地形がつかめず、修正はそれを経ないとできない、という厄介な展開になっていたので止めていました。

そしてまた契機は訪れます。2015年4月のももも展です。今度は東京ミッドタウン。えらいこっちゃ。いやはやそうは言ってられない。描き進めなくては。突貫工事で拡げます。カバー範囲とはいえ対岸の西京市は手が回らなそうだけど、それ以外は行けそうだ…ということでどうにか間に合わせます。

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そして、この赤紫色の索引と黄緑色の索引は、さほど違いがないように見えますが、突貫工事で大量発生したミスや抜けを修正し、デザインを少々変えた今回の修正に至ります。

さて、今後は、

・この図の範囲の北の白い部分(西京市山瀬区)を埋める
・中村市の、縮尺の小さい広域図を作る
・中村市、これでも北半分だけなので旭田区、詰久区などの南部、東部を描き進める
・路線図やタウン情報等、地域の様子がつかめるものを作る
・中村市外(首都・西京市や、地方都市など)の地図を作る

どうしましょうか。またTwitterアンケートで聞いてみましょうか。しかし選択肢は4つまででしたね。絞って聞いてみたいと思います。

空想地図、リニューアル。

空想地図のリニューアル

空想地図、前回の更新は2015年4月の更新でしたが、ももも展に合わせるための突貫工事だったため、それまで空白だった北部のアラが目立ち、酷い測量ミスを連発していました。それを修正し、2015年11月のHAGISOでの展示に合わせてリニューアルしました。その際、デザインを少々変更しています。車が余裕をもってすれ違える道(幅4m以上の道路)と、すれ違うのが難しい道路(幅4m未満の道路)を描き分け、各施設の色がハッキリ読み取れるように鮮やかな色合いになりました。

その他、場所を特定しやすいよう、縦横のグリッドが入りました。「D-5の地図の、A-1」と伝えられる訳です。ネット地図で地点をリンクで送れるようになった今、非常〜に古典的な手法ですが、ネット地図もURLも何もない中村市においては、前より便利にはなりました

その後、その他もろもろのミスを修正した上で、空想地図の閲覧ページをリニューアルしました。

新しい空想地図の閲覧ページ

そもそも、4年前に作ったまま、レスポンシブ(スマホ)対応していないので、そろそろサイト全体をリニューアルしないといけないんですが、一旦、地図の閲覧のページだけリニューアルしています。

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地図のPDFだけリンク貼ってあっても、その地域は見えてこない・・・!

というわけで、エリアごとに、画像とJPG、文章をまとめたページを作りました。
こんな感じです。

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地図の詳細と、そのエリアの解説記事をページの下に用意することにしました。
しかし現在、A-02喜原と、A-03舟島の2エリアのみです。残り28エリアありますので、これから順次更新予定です。

あれ、このページ、「戻る」がない・・・
手作業で30ページ作ったので、リンクが間違ってることもあります。お手数ですがお知らせいただけると幸いです。

「空想クリエイトラボ」構想

今年は、あたらしいことを始めようと思います。
年頭の目標にも書きました、「人と手を携える」第一弾。

空想都市(中村市)の、あらゆるものを、あらゆるクリエイターが作るプログラムを始めようと思います。あらゆる「作る人」を集めて、五感で感じる日常を生み出すと、作る人も、見る人も、おもしろいのではないかと。

空想クリエイトラボ

https://peraichi.com/landing_pages/view/imaginarycreatelabs
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空想地図の世界の、あらゆるもの、作ってみませんか?
空想都市も、現実の都市も楽しめる、フィールドワーク&ゼミ。
あらゆる得意分野をもつ人が集まる、たのしいアトリエ、はじまります。

・・・というものです。
(余談ですが、2〜3時間でこのようなものがつくれるペライチ、便利でした。)

ただ構想をまとめただけなので、具体的な日程や募集もろもろ等は、追ってお知らせします。

その他、こんなものも構想しています。

空想・地理検証会議(仮)

地形や都市計画の専門家が集い、空想地図を鋭く検証する会議。
スリバチ学会界隈も興味を持っていただけそうな雰囲気です。

中村市 日常博物館(仮)

空想クリエイトラボの簡易版。プロ・アマ問わずあらゆる人の制作物を広く集め、
コンテスト&「これはどのへんにどう存在しているのか」を充てていく会議を開催。

中村国際芸術祭―会場に行けない―(仮)

都市や空間、日常をモチーフにした現代アート作家を交えて作品を作り、
中村市内の各所で展示する、行けるような行けないようなアートイベント。
これは、私の発案ではなくトポフィル小田原さん・佐々木さんの発案です。
というわけで、トポフィル主催でできれば・・・と思います(これから要調整)。

ほかにも、あらゆる分野の職人やビジネスマン、研究者、セミプロの誰かにとって、
楽しめる舞台となり、そして見て実りある舞台になればいいな・・・と思っています。

しかし、何故4つも同時に思いつく(うち1つは思い出す)のじゃ・・・
こんなの同時にやったら大変だわさ〜

ニッチなものを日常に繋げることの希少性

さて、最近、空想地図は一体どういう人に楽しんでもらえるのか、A層、B層、C層…などと分類して悶々と考える日々でしたが、昨日居間theaterと話して、また新たなことが見えてきました。

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私も居間theaterも、この図中ではマニアックな趣向にあり(先日の図で言うB層)、一般の人からすると取っ付きづらい部類に入ります。また、空想地図よりも人数が多く認知度も高い、鉄道・アニメ趣味、演劇についても、馴染みのない人からは少しアプローチしにくい世界になっています。(友人・知人がいると近づくことがあるが、そうでないと自発的に入りにくい)

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空想地図については、かなりニッチな部類に入るので、ニッチな趣味のニッチなフォロワーが集まるのが自然な流れと言えましょう。コアな人が好むのは良いのですが、逆にコアなファンが強力になり、地図に詳しくない人に対する排他性を生むのは望ましくないだろう、とも思います。

私自身、展示やイベントについては、「言われたら、やる」という、超受動的な姿勢をとっていました。別に嫌ではないけど進んではやらない、という感じでした。地図その他、いろいろなものを作ることや人に話すことは好きですが、それを「多くの人に知ってほしい!」「多くの人に見せたい!」という自己顕示欲を極力排除した末にいまの地理人が出来上がっているため、ピンと来ない限りアウトプットするのもなぁ、という感じでした。

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比較的ニッチな趣向を持ちながら、私自身いわゆるマニアの人間関係の中にいなかったこともあり、コミケに行くマニア層の心情はあまり分かっていません(今や知人もいますが、最近のことです)。なので同人誌というもの、およびそれが集まる市場への親近感がなく、心理的にはどこか遠いところ、という認識があります。そういう意味では私は日常一般界(C層)の感覚なのかも知れません。

ただ、私が深く理解できる分野(公共交通とか)の、出来上がった冊子等の制作物を見ると「これは興味深い!」と思うものが多々あるので、同時に私は比較的マニアックな趣向(B層)を持ちあわせているのだと思います。ただ、それをA層の文脈で展開するのは、感覚的に馴染まない部分があります。

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あと、私を過大評価する人の中で、私が大衆受けするコンテンツメーカーとして、マスアプローチを果たす、と目する人もいます。私は自分自身の価値が全く分かっていないので、それが過大なのか過小なのか分かりませんが、私にたとえ大きな価値があったとしても、これは疲れるな、と思います。

現段階では「テレビや雑誌が一時的なおもしろネタとして取り上げることもある」くらいですが、継続的に、不特定多数に注目され続けるためには、並々ならぬ自信を持って自身の情報を発信し続ける必要があります。たとえば「おもしろいからもっと取り上げるべきだ」とか「取り上げてほしい」とか思うほうが疲れます。他にもおもしろいことはあるし、メディアの仕事してる人も疲れないないのが一番なので、彼らが気が向いたときに取り上げるのが良いと思います。

時に炎上しつつ注目を増やし、やがてはプロブロガー、あるいは著名な「作家」「思想家」となるのです。彼らの生き方は逞しく、輝かしくもありますが、私にとってそれは「消耗」だったりもします。(←ちなみにイケハヤ氏を暗に意識した表現ですが、彼、わりと嫌いではありません。いつか高知行こうかしら。笑)

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これまで、A層への展開でもなく、C層へのマス・アプローチでもなく、結局私は展開するのが面倒なだけだ、と思っていました。ところが最近の記事でも「C層」をとりわけ意識しているとすると、マスじゃないアプローチを考えているということになります。

前回の展示・イベントではカフェ&ギャラリーでしたが、私が好きなのは誰でも来れる日常空間です。そしてそんな日常にひょいっと棚卸しをするのが、私にとっては楽なことで、かつ楽しい、ということも分かりました。全員の注目を集める必要もなく、共通したコアな知識や感性を持った人にも限定しません。日常の一端で「なんだこれ?」とおもしろがる人に、ひょいっとライトに届けたいのです。

空想地図…が目次となり、いわゆるマニア扱いされるような取っ付きづらいコアなもの(商業施設マニアの商業施設知識などなど、これは実はおもしろい)でも、日常に生きる人には、時にスパイスとなり、時に栄養になります。そんな届け方ができるとおもしろいだろうと思います。

ここでは、展開方法について「あの方法はつまらない」と言っているのではなく、人それぞれ、合った展開があるということです。例えばコミケや地下アイドルといった、一定の価値観を共有した層での展開が得意な人もいれば、マス・アプローチが得意な人もいる、ということです。私はどれも異なり、得意な展開なんてないだろう(だから、自発的には展開せず、負担のない程度に求められたらだそう)という感じでした。

それが、似た立ち位置にある居間theaterとの関与や対話を通じて、この図のような全体像が見えてきたことで、私にとっても一つの出口が見えたような気がしています。