人間社会の分析・考察

海外は誰かと一緒に行く/地理人的ホットワードから振り返る2019年(7)

さて、もうひとつ…これは全く仕事でもアウトプットでも実績でも何でもないんですが、最後に海外に行くことについても変化がありました。それではここ2年の海外渡航を振り返ってみましょう。

2018年

3月…武漢→上海(中国)※1人
4月…ソウル→水原→大田→大邱(韓国)※1人
5月…北京→広州→マカオ→深圳(中国)※with父親
5月…ウラジオストク→スラヴャンカ→琿春→図們→延吉(ロシア→中国)※with土井さん(ウラジオまで)
9月…杭州→南京→蘇州→上海(中国)※1人

2019年

3月…重慶→成都→武漢(中国)※with父親
4月…香港→厦門→金門島→台中→嘉義→高雄(香港→中国本土→台湾)※with三文字・内海他
6月…西安→蘭州→ウルムチ→カシュガル(中国ウイグル)※with三文字・齋藤・とっくん

2017年まではほぼ一人で行ってましたが、2018年から「人と行こう」ということにしました。実は「誰かとコラボしたい」がその発端です。誰かと共同経営、共同プロジェクトをやるとなると、出身大学や出身会社が一緒だったとか…共通の体験がある人同士、気心知れていて手を携える、なんてことが多々あります。そういうの、私にないんすよ!!孤独なんです。なーんか入れそうで入れない…プラスワン、くらいの存在でおりました。まぁもともと、何かのプラグインになれればいいな、くらいに思ってたので、そういう意味では叶ってるんですが。

しかしこちらか主体的に、対等にコラボしたいとなると話は別です。「共通の体験をどう作っていくか…」いきなり仕事を一緒にするなんて、能動性もお金もない私から仕事を頼むことは非現実的です。そこで、これから一緒に何かをする人は、まず一緒に海外に行こう、ってことになりました。突然、数日一緒になる濃密体験になるわけです。

父親は海外に連れていくと昭和の固まった感性がほぐれて自由になるので連れて行ってますが、それを除いても今年は全て海外は人と一緒に行ってます。コラボしたい三文字と2回行ってます。果たしてそれがうまくいったかというと…三文字曰く

もう地理人とは一緒に中国行きません

バタンッ……扉を閉じられてしまった…し、失敗じゃねぇか…

しかし本の話はやる気になってくれたし、中国じゃなければ行けそう。というわけで、ウイグルに行ったチーム・イルケシュタム(越えられなかったウイグルの国境の地名から取りました)は、中国以外のどこかに行くと思われます。

私の興味は、(1)人口カバー率と、(2)国家や民族、自然環境の重なりです。人口カバー率…なんて90年代の携帯電話会社みたいですが、なるべく人口の多い都市圏をくまなく把握したいと思っています。それで中国に集中的に行ったのです。ひとつの省で東南アジアのひとつの国くらいあるので、東南アジア各国を回るくらいなら、中国全省回らなきゃ、みたいな感じなのです。もちろん全部は回りませんが。だから次はインドだと思っています。

続いて(2)国家や民族、自然環境の重なりですが、ここにスイッチが入ったのは2018年、ロシアはウラジオストクから中国吉林省、朝鮮族自治州の延吉まで陸路で移動したときのことです。

こちらはロシアから中国へ、国境を越える前後の写真です。ほぼ同じ地域の写真なのに、景観も違います。人口密度も違いば(10倍くらい違います)、農地にして耕作する中国からはアジアっぽさを、農地は作らず牧畜をするロシアからは北欧っぽさをも感じます。

都市市街地はどうでしょうか。じつは沿海地方の中心都市、ウラジオストクと、延辺朝鮮族自治州の中心都市、延吉の都市規模(人口)は同じくらいで、比較するにのにちょうど良いのです。中でも、道路幅や建物の高さが近い2つの写真を見比べてみると…建物の様相から看板、色、人々の様子まで異なります。左の写真は完全なロシア、右の写真は完全な中国。

ここで興味わ湧いてきます。その地域の風景や雰囲気を形作るのは、自然環境……以上に、その地域を治める国や民族ではないか、と。日本にいると、日本列島、日本人、日本国…と、すべてが重なっているため、上記の事情を考える機会がありません。そうか、その重なり……中央アジア内陸に、中国と、旧ソ連という2つの大国が治めるとどういう違いがあるのかを見てみよう…と思って行ったのがウイグルです。

これも一つの中国の風景とは。本当はここから旧ソ連のキルギスに越えようと思ったんですが、最終的に我々は正常な旅行者だと認められたものの、あまりにも遅くなったためゲートが閉まってしまい陸路で越えられず…でした。このような国家と民族、文化の重なりについては、空想地図作者としての立場と同じく、誰にも肩入れしないが、誰も無視はしない…そんな目線で見ていきたいと思います。

この風景はここ、ウイグルでしか見られない風景だと思って思わず写真に収めましたが、屋根は日中韓のような東アジア的な風景ですが、貼られている張り紙がアラビア文字(ウイグル語)。東アジアとムスリム世界の重なりが見えるのはここくらいでしょう。今後もそんな重なりや広がりから世界を見ていければと思っています。そして、誰かと行くその濃い道中から、新たなコラボや今後の長い道中が生まれれば、とも思っております。

さて、ようやく2019年最後の振り返り投稿でしたが、まさか7投もすると思ってませんでした。言いたいことは言ったはず。漏れてたら教えて下さい。では2020年もよろしくお願い致します。

展示とは何なのか/地理人的ホットワードから振り返る2019年(6)

2019年振り返り、佳境に入ってきました(まだ終わらないのか)。

前回はほどほどヒットを狙うというお話でしたが、それならWebはめんどくさいのであんまりやらない、という消極的なお話でした。こんな時代にアナログですが重要なのは本と位置づけましたが、本の内容については地理人新サイトで紹介してるし、今回の過去投稿で何回も書いてます。マニアフェスタと別視点については前の前の投稿で書きました。まだ振り返ってないのは…

展示です。

今年、東京都現代美術館で行われた展示「ひろがる地図」に出展したことには全然触れてませんでしたが、良い機会ですしおもしろかったです。そして、毎回考えさせられます。地図とは何なのか、アートとは何なのか。いかんせんアートの内側にいた者でもなく、それを志向してもおらず、だったのですが、2017年、都城市立美術館での出展の後、青森→島根→静岡県立美術館を経て、今回。公立美術館の出展が続くと、もはや現代美術作家(アーティスト)じゃないとは言えねぇぞ、と言われているような気もちょっとします。

では、現代美術作家(アーティスト)とは何なのか?……これを考えると終わらないので今回はやめときます。しかし、それを探ることを、展示を通して楽しんでおりました。

こちら、展示室の様子です。バランスの良い男女比、世代もさまざま。老若男女とはまさにこのこと。いや、美術館では普通なのかも知れませんが、これが「地図展」とかなると違ってくるのです。40代以上の男性がメインで、平均年齢は50〜60代、なんてことはよくあります。だからこそ若い人が見に来ていたり、親子で見に来ていたり、女性同士で見に来るのは、地図の展示にしては珍事だぞ、、と思ったのです。

特に、30を超える中村市の物件の間取図コーナーは、親子やカップルでじっくり眺める人がいたりしました。なんかこれからの日常をどう作っていくか、リアルな将来設計の匂いすら感じます。リアルっていうか実在しないけど

間取り図の他に、ポリ袋とゴミ袋と粗大ゴミがありました。学芸員さんによると、美術館スタッフが捨てたくて捨てたくて仕方がなかったらしいのです。そりゃ館内にゴミが落ちてたら、そうなりますよね。プロ意識。そして実際にこのゴミは捨てられます。このゴミを捨てたことによって、美術館のスタッフは中村市の住民になってしまった…と学芸員さんは言ってました。ミイラ取りがミイラに…みたいな話ですが、結構こわい話です。

ポリ袋の中にはお茶とおにぎりとか、よく買いそうなものが入ってます(架空ブランドですが)。ゴミ袋も粗大ゴミも珍しいものではありません。たぶん架空でなかったらありふれ過ぎていて、目にも留めないものです。当然展示なんてされません。その世界ではありふれているものが、異世界だと興味を引くものになる…我々が海外のスーパーに行くような感覚で、逆に言うと海外から日本のありふれたものはそう映ることでしょう。日本において、日本の人が、日本のありふれてそうな異世界のものを見る……そして美術館なので美術品として見る…同じものでも置かれている場所や見方が違うだけで別の見方になるのだよな、ということは、何より私が展示場で、うしろから人々の様子を見ていて楽しんでいたことです。

あと、これは気づく人と気づかない人といたんですが、美術館外にサテライト会場がありまして、カフェには女子大生の財布、惣菜屋には30代サラリーマンの財布、支所兼資料館には60代女性の財布……どれも中村市民のもので架空の人物の財布……が展示されていたのです。そう、この架空の人物たちが行きそうなところで落ちている、という見立てです。でも、展示なんです。

美術館における展示の作法って、タイトルに作者、そして素材の注釈が入るということです。市販の財布、プラスティック、紙……って……まぁそうだけど…笑 ちなみに、ポリ袋は「ポリエチレン」って書いてありました。ここで「素材が小さな字で記されると美術品っぽくなる」という気付きを得ました。今後使っていこ…うかどうかは考え中です。使わないかも。

今回はあまりしませんでしたが、前々回、都城市立美術館での展示のときは、大量の解説パネルを用意しました。旧来の美術へのカウンターパンチとして、解説パネルをあまり用意しない、という流れがあるものの、私は逆にアートの外側から来た人間。「解説パネルを用意すると美術品っぽくなる」ということが逆におもしろかったのです。

多様な相手に多様な伝え方、見方づくりを模索する人間にとっては、美術、芸術というのはとりわけ目に見えて多くの人が合意しやすい合理性では見えない何かを眼差し、そこに価値を見出してきて、独特の見方や観点、感性を育んできた世界でもあります。私はこの世界の新参者(って言うとアートの世界の住人感あるな…まぁいいや)ですが、逆にこれから学んでいきたいとも思っています。

最後に…全然仕事でも何でもないんですが、私の貴重なインプット、旅行のお話で終えたいと思います。

ほどほどヒットとその先/地理人的ホットワードから振り返る2019年(5)

ほどほどヒットを狙うには

さて、前投稿でマニアフェスタの話をしましたが、その機会によって地理人製造グッズは増えました。そして、その前の投稿から続きますが、今年2冊、本が出ています。なぜ本とグッズなのか、と言うと、前の投稿で「実績になる」ことを挙げましたが、「ほどほどヒットを狙うには良い」ということもあります。

今風にやるなら「Web」なんなら「自分でメディアを作る」、あるいは「Youtube」なんかいいのでは、という声も聞かれます。Youtubeはやってなくはないんですが、プロデューサーもみやまさんの頭と手が動く限りの試行版で、今後は「余裕があれば」更新されますが一旦は据え置きの予定です。ちょっと前だとブログやメルマガも選択肢に上がるでしょう。なんならこの地理人ノートなるサイトも、「メディアにするには良いのでは」との進言によって作られたのですが、年1回の個人的振り返り専門気まぐれブログに成り下がっています。そう、私には向きません

自己プロデュースを志向する人は、自由に発信し収益化できることをメリットとして考えます。しかしそれと引き換えに、しばらくの間無報酬で出し続け、反応がなくても出し続ける……という自己管理が求められます。そしてこれらの「無料で見てもらい、広告収入で収益を得る」スタイルは、爆発的にヒットしないとお金にはなりません。無報酬で収益化する保証のない状況の中で、日々多くの時間と工数を割いてコンテンツを出し続ける(あるいは収益化するまで力の限り試行錯誤する)…そこにやる気があるかどうかが問われます。

・(1)自己管理できるかどうか
・(2)爆発的にヒットしないと収益化できないがそれで良いか

この2点、OKならやってみた方が、ウーン…ならやめたほうが良いと思います。私は(1)にも(2)にも消極的ですが、私の(1)の問題は、誰かが(1)をやってくれると解決します。実際今年のYoutubeはそうでした。しかし(2)には行かないので一旦更新見送り、となっていますが。ちなみにプロデューサー的な「意思決定して推し進める」ことができないだけで、作業の分解やセルフ進捗確認、原価計算等、事務的なチマいことはできます。それゆえ地理人新サイトもなんとか自力で整えられました。

地図感覚の進捗確認ですが、単に箇条書きで必要なことを書き出す→分類してまとめる→その進捗を記入するだけの表です。何%くらい終わったかが見えると、完成までどのくらいかかるか(もっと言うとどのくらい遅れているか)が見えてきてとても楽になります。事務的なチマい話は本題ではないので置いといて…

私が現実的に叶えられるのは、爆発的ヒット、バズることではなく「ほどほどのヒット」です。これを狙う場合は、無料で発信して広告収入で収益を還元するより、モノ1つ1つを売ったほうが、少しずつですが確実に還元されます。だからこそネットが発達したこの時代でも、グッズや小冊子を作って売る、という流れは衰えないのだと思います。それだけの手間と工数をかけた分が還元されるということは、収入的に助かるだけでなく、励みとしての実感も得られるのです。ネットにおいてはnoteの課金記事とオンラインサロンがそれですが、(1)が不十分なので始めてはいません。

そこで私にとって最適なのが、古風ですが書籍出版だった、というわけです。(1)自己管理…いや、今年の地図感覚は9割以上自己管理で、前述のチマい事務的進捗管理で乗り越えましたが、それ以上に大きいのが、企画が通ると「出さざるを得ない状況」に追い込まれる、ということです。怠惰な者にとってこの「追い込まれる状況」は重要です。そして、初版の部数や印税次第ですが、出たら印税をいただけます。先日の投稿で言うところの2段目以上にはなるのでありがたいのです。(1段目くらいだったら悲しいけど、ネット系だと余裕でそうなる気がする)

自己プロデュース力の高い人からすれば、同じことをするのでも、印刷屋と折衝し大量に刷って倉庫を借りて在庫を抱え、全国の書店に営業し、PRもする…ということができれば全部自分でもらえるじゃん、印税(基本的には10%)なんてちょっとしかもらえないじゃん、おいしくない…なんて話になる訳ですが、上記のこと、めんどくさすぎるし、できない可能性もあります。あとは出版社から出したほうが実績として認知されやすい、というのもあります。

ほどほどヒットの先にあるものは

私がtoC向けのアウトプットにおいて、その波及範囲(フォローや集客、売上)はほどほどで良いとしながら、その「ほどほどヒット」が目的地で、そこで終わりだとすると…あんまりおもしろくはないなぁとも思っています。消化不良というか何というか。まだできることあるだろ、と。もちろんそこを目標にするとギリギリ生活のまま老いていくので、それに対する不安もありますが。

しかし「その先」って何なんでしょう。確かに、そこから先の広がりや膨らみの可能性を考えるのはおもしろくもあり、楽しみでもあるんですが、それはいわゆる爆発的ヒットや売上ではないのです(結果的にそうなったらなったでありがたいが、それを目標にしようとすると全然やる気が出ない)。じゃ何なのか。他にない新奇性や希少価値、そして社会的価値…とかなのですが、それって何なんでしょうね(えっ?)終わろうかと思いつつキレが悪いので、もう1つ2つ。続いて展示のお話です。

マニアフェスタと別視点とは/地理人的ホットワードから振り返る2019年(4)

さて、2019年を振り返ると、大きな出来事はこんな感じでした。こうして見ると例年よりやった感ある。

・出版2冊(地図感覚・方向オンチ本)
・東京都現代美術館での展示
・主にマニアフェスタにおけるたくさんの地図グッズ展開

前の投稿で言うところの3段目…に行きそうだけど…どちらかというと2段目くらいにあるものです。

本と展示の先に何があるのか?

本を出し、展示をしたところで、その先に何があるのか、どう開けるのか……これは素朴な疑問としてありました。両方を既に何回も重ねている友人であり先人、森井ユカさんと会う機会があり、この話をしてみたところ…「私も分からないのよね…」とのことで。わからないらしいです。わからないけどやる。ということでやろうと思います。その後考えたのですが、考えても展示を重ねてその先何があるかは分かりません。ただ、本は前の記事でも書きましたが、可能性があると思っています。

なぜ、マニアフェスタなのか

マニアフェスタの主催、別視点とのファースト接触は2017年です。同年5月の「空想都市『中村市』に珍スポットをつくろう」の共同開催が発端で、そのときは(よくある)1回(限り)のコラボイベント、くらいに思っておりました。空想地図、サブカルチャーとの相性は良いですし、遠くない界隈です。だからこそ他にも似たような機会が何回かあったのです。

と思ったら、同年6月、12月、とトークイベントに呼んでいただき、マニアの一人として話す機会もいただきました。ここまでも、時々あることです。ここから先がオヨッな展開です。2018年6月に第1回マニアフェスタがあり、ここで呼んでいただきます。まさかの物販イベント。初。何すればいいか分からない。だからこれまでどの出店イベントも申し込んだことはなかったのですが、受動的野郎地理人、誘われたら出るのです。大盛況。意外と売れる、あらビックリ。これが最初の「おや、他のところと違うぞ?」のはじまりでした。

その後、2018年10月には東急ハンズ×マニアフェスタがありました。ここではさらに売れた…ということもありますが、売上以上に「これぞ!!」と思う機会でもありました。東急ハンズ新宿店2階、じつに多種多様な人が行き交う場所です。これぞ、社会。こうしたイベントは時に、同人誌イベントと呼ばれたりもしますが、私にとっては確実に、そうではないイベントでした。

「同人誌」という言葉の正確な意味は分かりませんが、同じ趣味の人に向けた雑誌、というニュアンスがあると思います。その中には、多数派の一般人に対して劣等感があり、少数派なオタクしかいないために安心して自分を出せる、作ったものを出せる、という人もいます。そういう意味でコミックマーケットは貴重な場所で、もはや少数派とは言えないほど大きなマーケットになっています。そしてそれは、独特でユニークな界隈を生みます。

比較的、Facebookは嫌いで2ちゃん(5ちゃん?)やTwitterを好み、多くの人には素性を隠す代わりに、それを好む人同士のネットスラングが共通語になる……という人が多い印象ですが、逆に私は怖くて入っていけない、という抵抗感はありました(私が思ってるほど怖くないみたいなんですけどね。少なくとも私の友人知人の出店者は全く怖くない)。しかしそれ以上に、同じ趣味の人だけに届ける、ということそのものに、そこまで興味がなかったのです。過去の経験上、空想地図は、近い趣味者よりも、当初は思ってもいなかった界隈(アートとか社会起業とか)のほうが受けが良く、むしろ先入観のない一般の人にこそおもしろがって見ていただけた、と思っています。そういう意味では今年の東京都現代美術館の展示をはじめ、アートとしての展示も良い機会でした。

これぞ、社会。

だからこそ、むしろ近い趣味者やマニアではなく、そんな趣向なんて知りもしない多くの人に広く届けたい、と思っていました。その場が、東急ハンズにあったのです。「ナニコレ…」と興味を持って眺めて去っていく人、眺めたけどよくわからんわ〜と去っていく人、たまに興味を持って話すけど買っていかない人、さらにたまにその上で買っていく人…といろいろな人がいます。人通りの多い通路のようなところなので、多くの人は、興味がなく通過する人です。これぞ、社会。これでこそ社会に触れている気がしたのです。

互いに開き、社会に開く人々

最近、新しい地理人Webサイトで表明した、本業としてのコンセプト「地理情報の編集とデザイン」の内訳は、地図、地理に対する知識や興味がない、一般の多くの人にその価値を届けるアプローチを開拓することにありますが、マニアフェスタを主催する別視点も非常に近かったのです。そして、ここに集まる人々(別視点が言うところのマニア)も、自分とは異なる趣味、感性の人に届けることに心を開いています。それゆえ、各マニアが互いに関心を持ち、互いに伝えようとします。そして、社会に届けようともする…彼らとは目線も合い、通じ、仲間になれると思ったのです。

別視点は、もともと珍スポットとその主人を追うライターだったのが、あらゆるマニアの視点を追うライター兼ツアーガイドになり、イベントプロデューサーに。そして、物販&コミュニケーションイベント、ひいてはその人しか持っていない固有の感性を持った人々(マニア)のプラットフォームになってきていますが、これをどう社会に届けるか、社会に対してどう届けると価値になるか、ということを考えて試行錯誤をしている途上でもあります。(別視点と違ってうちはワンオペ野郎だけど、めっちゃ一緒!!)

そんな具合で、(関係者の目指すところが非常に近いので)そのためなら何でもしますぜ!というマインドになっておりますが、そして、出版にしろグッズにしろ、コラボしようという相手はマニアフェスタで出会っています。そういえば別視点もWebサイトリニューアルしています(うちと近いタイミングで…)。別視点および界隈のみなさまの今後の動き、楽しみにしているとともに、この界隈に限定せず広く社会に息づく多様な皆様、来年もどうぞよろしくお願い致します。

これで記事は終わりかと思いやまだ続く…ほどほどヒットを狙うというお話へ。

能動性が身につき、コラボを始める。/地理人的ホットワードから振り返る2019年(3)

コラボを本当に進めるよ、というお話

さて、今年の振り返り投稿を見て「前から企業案件ほしいって言うてるやん」(成長ないな)というツッコミをもらいました。そうだ、いつも似たような振り返りをしてるやん。たしかに成長ない。認めよう。ただ、昨年の投稿を見て振り返り、今年1点進んだ点があります。

上の図で言うところの、共同製作、共同プロジェクト化、提案・展開、実装・アウトプットの4点がボトルネックだったって話です。これは、解消しつつあり、来年こそ(ほんとに)コラボの年になります

2冊も本を書いたのは自分でもびっくりした

実装(アウトプット)やその提案、展開、私にとっての第一歩は何なのか…そう、古風ですが書籍化だな、と思いまして。今年はびっくり、2冊も本が出ています。それまで5年空いていきなり2冊。どちらも能動的に動いたか…と言われると、いつもどおり受動的で、ご提案いただいて受けたんですが、昨年あたりから心は能動的に本書くぞモードになっておりました。

イベントやメディア出演は、これまで注目を集めたものの焼き直し(大体は空想地図)になってしまいます。まだ世の中に出ていない新しいものの提案や展開をしたいものの、突然「事業を興す」となるとハードルが高すぎます。それを世に出し多くの人に届けて問う、そしてそのアウトプットそのものが実績になる…となると、案外、商業出版なのです。商業出版で何冊か出す人はそう多くないので、この希少価値のカードは使っていこうと思うに至りました。今年の2冊、どっちも空想地図じゃないのです。これぞ私が試したい、新たな地図・地理情報の伝え方、届け方でして。

コラボして新しいものを生んでいくぞという気運

そして!!
ここからが本当の能動性。次の本も考え中です。まだ決まってませんが、三文字氏と新たな本を出す作戦会議を進めています。これぞこれまでなかった能動性とコラボです。これまで単著を3連続で出して、もう単著は飽きた(自分が書けるネタなんてたかが知れてるし孤独)…次は共著で誰かと一緒に出したい、と思っていたのです。中身は超言いたいんですが、まだ決まってないので、追っていつかお知らせします。

空想都市・空想地図もコラボの動きがあります。他のクリエイターとコラボしてグッズを作る予定です。まずはタナゴさんと、Mr.Denshaなごむる青年団(音楽部門)とのコラボが続く予定で、中村市のリアリティを視覚と聴覚の両方から楽しめるようになると思います。これについても、追ってお知らせします。

昨年の図を今年にあわせて作り直してみました。こうしてみると微細ながらちょっとは成長がある気がしてきました。ようやく次に進めそうではないか…。ありがとう出版社、ありがとうマニアフェスタ。よろしく三文字、よろしくタナゴさん。

なぜ次の一歩を進めるアウトプットが本とグッズなのか、アウトプット先は出版社とマニアフェスタなのか。これについては次の記事で書きたいと思います。誰が見てるか本当に謎なのですが、ではまた。

企業案件がほしい。「2段目」?/地理人的ホットワードから振り返る2019年(2)

前回の投稿「ご活躍問題」から続きますが、ワタクシ、ここ2〜3年「停滞の1年」などと言い続けております。しかし一体何が前進で何が停滞で、どんな仕事が欲しいんだ…何してたら活動的だと感じるのか…?そう言われると(自分で言ってるんですが)どんなことなんでしょう。

2016年に街ペディアを作ったことや、UR空想地図ワークショップ等、企業からの依頼でお仕事をするのが、私自身、やったぞと実感が得られることでした。これまでにない新たな取り組みとして、社会にどのような価値を提供しているか。その試行錯誤は楽しくもあります。ほしいのは企業案件なのに、そもそもこれまでどんな企業案件をしているのかは、多くの人に知られてないのです。それもそのはず、公開イベントやメディア露出と異なり、告知しないため(告知する必要がなくてしてなかっただけ)で、その結果、誰も知り得ない…一番欲しい仕事なのに、表に出ていないのは、惜しい限りです。

そんなわけで、2015年に作ったまま放置していた地理人研究所のWebサイトを作り変えます。

これが…

こうなりました。

旧サイトは4年前に作ったもので、当時やっつけで作っています。そんなん残し続けちゃいかんイカンと。これまでのお仕事を多分に紹介し、実績を紹介するページにしよう、と思い、今月一気にWebを作り変えました。おお、最近のコーポレートサイトっぽい(自分で言う)…。これからも少しずつ記事を増やしています。アクセス解析は入れてるくせに全然見ないんですが(見ろよ)、問い合わせフォームは海外からのスパムメールがこれ枚上の勢いで来るようになりました。つまり、アクセスは多少増えてるのかなと思います(いや、ちゃんとアクセス解析……はい、精進します)。

私の本業は「地理情報の編集とデザイン」と位置づけています。地理情報は時に複雑ですが、場所や地域の話は多くの人が求める情報です。しかし地理情報は特有の奥深さとマニアックさゆえ、知っている人や興味がある人にしか届かない、という問題もあります。地理情報の素地や知識(興味)がない人にどう届けるか、執筆、デザイン、講話、ワークショップ、その他手段は時に変えつつ、一貫して「伝え方」づくりを模索していきたいと思っています。詳しくは新サイトに書きましたのでこちらを読んでいただけると嬉しい限りです。

さて、仕事の規模感と金額感について、簡単に表にしてみました。

表に出ているのは、ほとんど1段目のお話。収入を左右するのは2段目以上のお仕事です。3段目以上はほとんどなく(過去2回のみ)、4段目なんか聞いたことないよ…という感じなのですが、先人曰くあるらしいのです(夢のまた夢ですが)。しかし、先人によると歳をとると2段目が減るらしく、そう考えると3、4段目ができるようにならないとイカンな…とも思います。

1段目のトークは過去のスライドの蓄積で話すことが多いものの、2段目だとその依頼に合わせてスライドを新たに作るので、新ネタが増えます。絶えず新ネタを生み続ける方が良いというか、数年間同じ話をし続けるのはまずいというか。2段目はそういう意味でも結構大事なのです。

しかしこの1段目、2段目、3段目…私の過去の経験や私から見えている範囲で具体例を書いたので、他の業界や仕事の具体例も入れて、表をブラッシュアップしていきたいと密かに思っています。

ちなみに2018年中頃から2019年中頃まで、驚くほどの低収入でした。お金もねぇ、仕事もねぇ(吉幾三話法/地理人造語)。こんなんでよく暮らしておるなぁ…実質月収15万切ると貯金がどんどん減ってくゾ〜でも下手にその場しのぎの時給労働はせずに、この先で活きてくる(仕事が入ってくる)先行投資をしよう、というわけで本(地図感覚)を書いてました。このときも1段目はあるので、しっかり生きているように見えてるのです。あとは30歳を超えてから収入が変動する自営業の具合に慣れてきたのか、精神は安定してました。でもご心配なく。今年の後半で収入は回復しております。

さっきの4段表、自分で色々活動したい人は参考になるのでは、と密かに思っています。

・お金や社会的価値を追求せずに自由にしたいのであれば、勤めをしつつ1段目を楽しむ
・表に出て多くの人からの支持を受け続けたい場合は1段目を極め、その数や影響力を増やすことで単価を上げる
・頭で色々考えがち、試行錯誤や価値の追求に興味がある場合は、2段目以上を見据えて試行錯誤する

私は2段目、3段目を追求したいとは言うものの、私からしても、表から見えないし何を参考にすれば良いか分からないので、試行錯誤を進めますが、ここから先は独力ではなく、誰かと一緒にお仕事できればと思っておりますので、何卒よろしくお願い致します。

次はコラボの話ですよ。

「ご活躍問題」/地理人的ホットワードから振り返る2019年(1)

さて、筆不精のブログ放置野郎(こういうタイプの人は絶対にブログやメルマガ、今だとYoutubeで食えるようにはなりません)、もはや年1回の投稿頻度になってますが(これでも自分では続いてるな…と思うなど)、振り返りの季節ですのでひとつ記事をば。

最近よく言われるフレーズがあります。

「ご活躍ですね」

最近これを「ご活躍問題」と呼んでいます。なぜそう言われるのかの想像はついています。東京都現代美術館での出展マニアフェスタは来場者数も話題性もあり、期間も長かったため「何かを世の中に出している」感は過去最多だったかもしれません。あと1年で2冊本を出しています…この話は次の次の投稿でします。その他、メディア露出とイベントの数が今年は多かった、ということもあります。それではその数を見てまいりましょう。

一般参加可能で告知、公開しているイベントが例年10〜15回だったのに対し今年は33回、テレビ・ラジオも例年は1〜5回くらいでしたが今年は11回、と増えています。さて、この回数増だけ見ると仕事が増えてそうで、食っていけそうで、未来がありそう、な感じも一瞬しますが、そうでもないよ、というのが今回の投稿のメインで、最近ずっと思っていたことです。

ちなみに今年の機会増は、多分にマニアフェスタを実施している別視点さんのお陰でもあるのですが(イベントはうち12回が別視点主催あるいは起因、テレビ・ラジオはうち5回がマニアフェスタ起因)、振り返ればマニアフェスタもここ1年のイベントで、1年半前は別視点はあれど、マニアフェスタはなかったのです。そう考えると別視点にとっても飛躍…だったはずですが、別視点の松澤さんと私で(ぜんぜんもうかってねぇ…)と口を揃えてこぼしています。

案外トークイベントとテレビ・ラジオ出演で得られるフィーはなかなか知られていませんが、私のような一般人だと、両者共通しておよそ1〜3万円です。3万円もらえたら良いほうで、番組によっては5000円、ということもあります。つまり、週1でイベントや出演があったとしても食えないのです。そこで、ここで頑張ろうとする場合にはいくつかの手が考えられます。

・回数を鬼のように増やす
・1回の単価を上げる

この2つ、違うようで、そのためにやることは共通しています。1回あたりの集客数を増やす、イベントであれば参加費を上げる、番組であれば視聴数を増やす…そのためには、いずれにしても集客力の爆増、ひいては価値の上昇が求められます。「有名人への道」とでも言いましょうか。なるべく多くの人の人気をどれだけ得られるか、そのためのPRは欠かせません。

私をご存知の方は気づいてると思います。私にそのやる気があるのか。ないのです。まず人を誘えない(大きすぎるボトルネック)。だってそんな遠くから来て金払えなんて、ねぇ…。さらに、告知しまくってもしつこいよなぁ、と思って告知が控えめだったり。根がそんな感じなので、数回告知することがあっても(よ、よかったらきてねぇor見てねぇ…)みたいな感じだったりします。

私とは異なり、「なるべく多くの人に私を知ってほしい」…「そのためにたくさんの人に来てほしい」…「まだまだ全然足りない」…と思っていたり、多くの人が知ること(回数や来客数、フォロワー増等)、バズること、何か強い期待をされることで充実感を得られるのであれば、有名人への道は開かれると思うので、そんな方はがんばりましょう。道は開かれるかもしれません。

では私は、どちらに行くのか、という話です。

突然関係ない話ですが、カフェって不思議な業態です。一等地の場所で、内装にも手間をかけ、店員さんが何人かいたりします。それでいて300〜500円の飲み物を頼んで客は長居する(私も時にそんな客の一人ですが)…あれ、出ていくお金のほうが多くて、入ってくるお金は相当少ないのでは…という気さえします。ス◯バなんてその極みなので本当に不思議なんですが(そのへんはスタ◯マニアの方の研究を待ちたいと思います)、個人店でカフェをやっている人はどうしているでしょう。

席数増やして詰め詰めにしたり、PRして集客しまくるか、あるいはメニューの単価を上げるか。単価を上げるのが一般的ですが、前の2つはあまり聞きません。むしろ「カフェそのもので利益を上げず、カフェは本業の入口として、本業のPRコーナーor相談窓口or貸スペースにする」なんてパターンもあります。 私にとっても、イベントやメディアは本業ではなく、知ってもらう入口、またはテストアウトプットといった位置づけです。じゃ本業は何なんだを考える話は、次の記事で書きます。

「パフォーマンス内覧会」ってなんだ???

東京・浅草にオープンしたバックパッカー向けホステルの内覧会が「パフォーマンス内覧会」でした。

・・・なんじゃそりゃ?

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このホステル、BUNKA HOSTEL TOKYOという、浅草六区(古くは東京有数の賑わい、今や昭和の歓楽街)に12月にオープンしたホステルで、アーケードの中に突如現れるオシャレ空間が少々目立ちます。ドミトリーがメインで1泊3,600〜5,000円ほど。外国人がターゲットの模様です。バックパッカー宿というのは、外国人と交流したい日本人にも良いところですよね。私も大阪や福岡で泊まるとき、そんな気分のときは泊まることがあります。

板の壁で仕切られ、カーテンはシッカリ閉まります。が、窓はありません。
面積や構造はカプセルホテル同様でしょうか。一般的な個室と、寝顔もオープンな開放ドミトリーの間、といった感じです。

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12月14日はそのオープニングパーティー兼内覧会で多くの人が訪れていました。

・・・ところでここ、ゴハンが超絶おいしい。バイキングって大抵そこそこの味なので期待してなかったのですが、いやはやオイシイ。会場となっていた1階は居酒屋として営業するようですが、メニューが・・・ナイ

さて、2階は居間theaterによるパフォーマンス内覧会です。
(先日、一緒にイベントをやっておきながら)居間theaterは一体ナニモノか分からないので、追いかけていたのですが、それにしても意味不明・・・

さて、カーテンを開けると、空室もありますが、何かが潜んでいる部屋もあります。

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ミラーボールにあわせてひょっとこ達が踊っています。
このひょっとこ達は、部屋から出て通路を踊っていたりもします。

また別のカーテンを開けると、空室も多いのですが、また空室かなーと思って開けてみると、あれ、人がいた・・・寝ていたサンタさんが起きて突然紙芝居を始めます。

「昼間に寝ようとしても眠りにつけないんですよね。そこで紙芝居を始めます。」
唐突に紙芝居が始まります。

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・・・と思ったら正味1分未満で唐突に終わります。シュールです。

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カーテンの奥から何やら声が聞こえるので、開けてみると、文庫本を読んでいました。まだ5分の1も進んでないので、かなり時間がかかりそうです。ほぉ、と思って眺めていると本を読む声が止まり、

「寝てみませんか?」

と密室のアヤシイ誘いが。
いや、本当に寝られるのですが、実際に寝心地を確かめることができます。
横にこの浴衣女性が佇む状態は、人によって安心感、人によっては誘惑、あるいは緊張感にもなり、ひとつのスパイスになっていたことでしょう。

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ん?こちらは…のび太くん?一言もしゃべらずじっとしています。

続いて「洗面所でパフォーマンスがあります」と案内が。・・・ん?

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さきほどのフルメンバーが揃って直立。リズミカルに水道栓を操作します。
そういえば巷の噴水で「シャッ、シャーッ、シャーーッ」とリズムを刻む噴水がありますが(私はリバーウォーク小倉の噴水を思い出した)、それを手動でアンサンブルしています。噴水とはビジュアルで楽しむのが通例ですが、これは音だけです。それも無表情で淡々と水道栓を動かすので、見た目はとてもシュール

会場に戻ると100人弱のパーティー参加者がおり、ご飯やお酒を交わしながら会話が弾んでいる様子でした。異業種交流会のようです。

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そこでさきほどの七福神が集合。大勢の前のパフォーマンスは、よく見るとシュールなのですが、単純におもしろいのと、見た目も華やかなので、会場のとなっていました。

黙って聞かなきゃいけない、あるいは、雰囲気的に拍手しないといけない感じの歌唱とは違い、観客への強制力なく人を惹きつけるのは、見てる側も気楽です。一つひとつの動きはシュールなハズなのになぜか終わると華やかでめでたい感じで、うまいこと言えませんがそんな感じでした。

今やほとんど見かけない「ちんどん屋」の効能を考えさせられます。日本風な賑わい空間の中心に、松竹梅の飾りや鏡餅、樽酒が置かれるように、「動くシンボル」として彼らは機能します。

最後のパフォーマンスだけでなく、さきほどの内覧にも鍵があります。それは、同じベッドが並ぶ暗い空間で、内覧者に対して「カーテンを開けて中を見てみよう」と思わせる内覧促進の効果があることです。

そして、最も鍵だと思うのは・・・ここに来ている人は基本的に、演劇やパフォーマンスを見に来ている訳ではない、ということです。基本的にはホステルの内覧かパーティーに来ている一般の人です。

劇場やパフォーマンスのための場所ではなく、オープニングイベントと内覧という、日常と非日常の跨る空間です。そこに演劇・パフォーマンス的な手法を、場作りと内覧促進の目的で応用しているのは、最近考えている「マニアックな技術を日常に棚卸しする」ことに繋がるな、と思ったのでした。

そうか、「パフォーマンスカフェ」もそういうことだったのか。お茶でも飲もうと思ってカフェに来たら、お茶の他にパフォーマンスがやって来るんだもんね;唐突ではあるけどおもしろい。逆に唐突なおもしろさ、拍手や参画、鑑賞を強要しない寛容さ、があるってことか。

これ、他にも色々できそうだな・・・具体的には全然思いつかないけど◎・・・と思ったのでした。

新しい朝の生音BGM

11月の展示では、展示開始とともに「ヒィー」と肩の荷が降りて、火がついたのは、展示終了1周間前くらいでした。なんでそのタイミングやねん、と自分でもツッコミを入れたくなりますが、居間theaterとのワークショップあたりから何か空想地図に可能性を感じ(それまで人が言うほど本人は感じてない)、終わってから「展示の楽しみ方(みどころ)」を当ブログにアップする、という、「順番が逆じゃん」現象が発生してしまいました。

そんなこんなで、最近妙にブログ記事を書くのが(瞬間的に)習慣化していますが、ちょっと続けてみようと思います。

今朝はHAGISOの新企画「good morning concert」にお邪魔してきました。田中文久さんは元々ファンでなかなか私の好みのド・ピンポイントにイイ曲を作る方なのですが、今日は「朝食ついでにどうぞ」スタイルで、単に朝食を食べる人もいたのでした。マイクもなく音量も大きくなく、何も気にしなければBGMのようです。BGMかな、と思ったら「あれ?生音だ!」という、比較的贅沢なBGMでした。

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↑これがいわゆる演奏会としての構図です。
これも加工してない写真なので間違いではないです。ただ、実際は↓このような感じでした。

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たまたまこのタイミングでは演奏家2人を見ている人が多いですが、黙々とゴハンに向かう人もいます。それぞれがそれぞれのペースで朝の時間を過ごす中、心地よく音楽が耳から注いでくる…というのは、ライブとは違った「音楽の注ぎ方」かも知れません。

ちなみに左側にある不思議な白い物体は、安易にク◯スマス◯リーを置かないのは好感触です。

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家並みと鳥達、なんですが、飛行機の窓から見える、離陸直後の雲間に見える街並みのようで。

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あの黒いの、ハギソウ(この会場)やん、と思ったのでした。

ではごきげんよう。

誕生日について

毎年、「誕生日は祝われるべきだ」という常識に歯向かうように、Facebookの誕生日設定を非公開にし、当日もそのことを告げず、淡々とふつうの一日を過ごそうと努めていた近年でした。

しかし、もう私にはほとんどのしがらみがありません。そこまで力まなくてもふつうの一日を送ることは可能です。今回は30とキリが良いので、Facebookをイジることもなく、おまけに誕生日らしいことをしてみようと、本の原稿の文面をひねり出すのに居心地の良かった蔵前のお店で、ひとりノンアルコールカクテルとごはんを食べて、のんびり思索にふけっています。

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これが世間の「誕生日らしさ」とは違うのかも知れません。しかし私は多くの友人に恵まれ、寂しさを感じることもなければ、誰にどうしてほしい、良く思われたいと思うこともありません。人からされる期待も、私が人にする期待もゆるやかです。望むことや欲をそぎ落とすことは、私にとってアクを取って素材の旨味を活かすことのように、淡々としつつ気持ちの良いことでした。

そんな平穏な日常を感じることが、表面的な高揚感よりも充実感を感じます。いまの日常を、改めて染み入るように実感する・・・そういう意味で、「ふつうの一日」と少し異なる味わいの夜を過ごそうと、仕事の懸案も作業も持ち込まず、ひとり過ごしています。
私は、誕生日が何故、過度に「おめでとう」と言い、言われるのか、よく分かりませんでした。おまけに、誰も教えてもくれません。先の日記で書いたように、「親から、生まれた日だと伝え聞いた日」で、戸籍上の年齢が1歳上がる日でしかありません。

誕生日にFacebookを通していただくメッセージを見れば、「めでたい」理由や内訳が書かれているものはほとんどありません。強いていえば、「出会えたこと」「生まれてきたこと」へのめでたさです。無償の愛と言うべきか、その人の存在そのものをただ肯定するというシンプルなメッセージです。

確かに、何でもない日に「この世に存在してくれてありがとう」と言われたら、多少ビビります。「どうした?」と。そのシンプルな感謝、発露をする機会は、意外とないのです。誰にでも平等にあり、その人固有の日で、1年に1度来る誕生日は、こうしたコミュニケーションに絶好の日、ということでしょう。それが習慣、文化になっているとすると、なんとなくこのやりとりも理解できます。
私も久々に「おめでとうございます」→「ありがとうございます」のやりとりを重ねました。たとえ私が最大限怠惰な30年を過ごしても、「おめでとう」と言われたのでしょう。それが博愛のひとつである、誕生日祝福という習慣でしょう。私は空想地図制作者でありながら、現実味のない夢に浸ることは難しく、シビアに現実を直視することの好きな現実主義者です。他者や社会に対してよりも、そのメスはより自分に鋭く刺します。

隅田川の風を浴び、人々の幸せそうな日常に囲まれ、ゴハンを食べながら、30年間…というと多少長いので、ここ10年を簡単に振り返ってみました。

10代は全般的に沈滞の極みだったのに対して、20代前半は混迷の極みでした。それに比例するように、悶々と書いた文章も多々あります。当時の私のまどろっこしい文章は読みにくく、適当に読み流しつつも、その内的な煩わしさはここ3年で急速に少なくなったことを実感します。

そういう意味では、より安定してきたのでしょう。20代はバラバラの感性を思索がまとめ、どうにか一人に人間として生きてきましたが、もう比較的自然に生きて良いということでしょう。

ただ、まだ課題はあります。私は明確でない価値に、自分の生計を委ねることができません。それでいて、私は運転免許その他の資格を一切持ちません。明確な価値しか信じないくせに、明確な価値を全く持ちません。持っているのは価値付けも難しい空想地図を発端とした、よくわからない独特の地理情報編集センス?です。不確実性を嫌って新卒では会社員になったものの、確実性が身につくか、感じるかは自分次第でした。そういう意味では、会社員だろうとバイトだろうと訳の分からない個人事業主でも一緒です。

あまりそこに確実性を求めず、ゆるやかにこのよくわからないものを信じることも、時には必要なのでしょう。そのような頭の柔らかさが、30代になって身につくと良いのでしょう。そのことが、精神的にも生計的にもさらなる安定をもたらし、一人で完結することなくより豊かなお裾分けができることになるでしょう。

そんな思索にふけってこそ、節目と言うものでしょう。良い日になりました。